観劇
(前編)




 冬のある日、ボグート家では、日本留学にやってきた二人のシャムの王子・・・シャム王の弟であるジョー殿下と、その従兄のピュンマ殿下を迎える運びとなった。

 やってきた二人の王子は、侯爵や侯爵夫人を交えての晩餐の場では緊張のためかどことなく固くなっていたが。
 晩餐終了後、若者達だけの場になると、ハインリヒも含めてにこやかに談笑が始まり、王子達はバンコクの寺や風景などの写真をハインリヒに見せてくれた。
 とある写真の寺の美しさを素直にハインリヒが褒めると、王子達はそれを喜んだ。
 そして、ジョー殿下はどこか夢見るような眼差しになり、言葉を紡いだ。
「ボクはこのお寺がすごく好きなんだ。だから、日本への航海中にもお寺の夢を何度か見たんだ。でもね、その話をピュンマにして、お寺が日本まで追いかけてくるらしいと言ったら、追いかけてくるのは別の想い出だろう、って笑うんだよ」
 クスクスと、ピュンマ殿下がハインリヒに笑いかけた。
「ジョーはあんな事を言っているけれど、実は別れてきた恋人の事を言っているんだよ。ジョー、ハインリヒに写真を見せてあげたらどう?」
 微かに、ジョー殿下の頬が赤くなったため、ハインリヒは写真を強いる事はせずに、別の事を言った。
「よく夢を見られるんですか?オレは、夢日記をつけているんです」
「本当!?残念だなぁ、日本語が読めたら、是非、見せてもらうのに・・・!」
 心底残念そうにジョー殿下が言うのに、ハインリヒはクスリと笑い、彼に親密感を覚えた。
 しかし、その後、会話が途切れがちになったため、ハインリヒがピュンマ殿下に視線を向けると、その聡い瞳が軽く目配せをした。
 自分がジョー殿下の恋人の写真を是非見たいと言わなかったのがその原因なのだとハッと思い至り。
「あなたを追いかけてきた夢の写真を見せてください」
 たどたどしくハインリヒが言うと、
「お寺の方かな、それとも恋人の方?」
 ピュンマ殿下が悪戯気を出したような口調で問い掛けた。
 咎めるような眼差しをピュンマ殿下に向けて。
 そして、些かの恥じらいを含んだ表情で、ジョー殿下は一枚の写真をハインリヒに示した。
 その中には、一人の少女が佇んでいた。
 癖のある、淡い金の髪。
 黒味がかかった青い瞳は美しいが、どこか大きく見開かれ過ぎているような気がした。
 自身が想像したものより平凡なその姿に、ハインリヒは軽く落胆した。
 そして、ふと、シュヴァルツに想いを馳せた。
 ・・・アイツの方が、ずっと魅力的だ。
 そう思った後、慌ててその考えを打ち消した。
 オレは一体、何を考えているんだ・・・!!
 ニコニコと笑いながらジョー殿下が問い掛けてくる。
「キミにも好きな人がいるの、ハインリヒ?」
 動揺が顔に出てしまったのかと焦りながら、フルフルとハインリヒは首を横に降った。
 これまでの人生の中で、ハインリヒに女性の友達が出来た事はついぞなかった。
 興味さえ、なかった。
「何だ、つまらない。今、キミの表情が面白いぐらいに変わったから、誰か好きな人のことでも考えてるのかと思ったんだけれど」
 殿下の言葉に、ハインリヒはため息を吐きたくなった。
 シュヴァルツの事を考えて、自分は好きな人の事を考えていると思われてしまったのかと考えると、自分に対して苛立ちを感じた。
 彼は、いつまでもハインリヒを子ども扱いする、敵のような存在だった。
 人を見下したような態度は、常にハインリヒを苛立たせた。
 その一方で。シュヴァルツはハインリヒにとって、自慢の従兄だった。
 彼は、ハインリヒが今までであった誰よりも、優雅で威厳があった。
 その威厳、その優雅は、ハインリヒの目の前のシャムの王子達にも引けを取らないだろう。
 威風堂々と王子達と言葉を交わすシュヴァルツの姿を想像し、ハインリヒはふとその頬に笑みを浮かべた。
 シュヴァルツをどうにかして、王子達に引き合わせる事ができないだろうか・・・?
 いつの間にか、ハインリヒはそんな事を考え始めていた。



  〜 続く 〜




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結局、シュヴァルツ馬鹿のハインさん。
王子達に黒い人を自慢したくてウズウズ(笑)。
ジョー王子の恋人は、ヘレナさんをイメージしてみました。






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