「雨音の中」に進む前に・・・春の雪44ダイジェスト
やがて、春が巡ってきた。 ボグート家で開かれた花見の宴には今生の従兄弟であられるギルモア宮も招かれていた。 シュヴァルツを引き合わせられた宮の一言に、ハインリヒはドキリとし、微かな不安を覚える。 「こんな立派な若様をワシの目から隠していたとはのう」 「畏れ入ります」 宴の最中、二人は天幕の裏で束の間の逢瀬を交わした。 ハインリヒを引き寄せ、口付けようとして、思い止まる様子を見せるシュヴァルツ。 「何故?」 問い掛けると、紅い瞳に暗く、炎が灯った。 「こんな事をしていても、無意味なだけだ。違うか、アルベルト?」 夕風が、ヒラヒラと桜の花びらを散らす。 二人の間を、白く、花弁が舞った。 「シュヴァルツ・・・!」 どこか疲れたような色を湛えた瞳が、ハインリヒをじっと見つめた。 「お前は子供だ。何一つ分からず、何一つ分かろうともしない。自分を大層な者だと思っているようだが、まだただの赤子だな。私が、もっと遠慮無しに色々と教えてやっていれば良かったのか・・・」 言い終えたシュヴァルツは、暗く沈んだ眼差しのまま、ツイとハインリヒの頬に手の平を滑らせた。 冷たい感触を味わう間もなくその手は離れて。 シュヴァルツはハインリヒに背を向け、その場を去って行った。 ヒラヒラ、ヒラヒラ。 桜の花びらが舞い落ちる中、ハインリヒは呆然とその場に立ち尽くした。 シュヴァルツの言葉には、ハインリヒを傷つける言葉ばかりがまるで選び尽くされたかのように並び、深く、ハインリヒの心を抉った。 沸々と怒りが湧き上がり、ハインリヒは己の手をギュッと握り締めた。 シュヴァルツは、完膚なきまでにハインリヒの誇りを傷つけ、ズタズタに引き裂いたのだ。 その手と引き結ばれた口唇とは小刻みに震え、ハインリヒはただ、怒りの感情だけに流されてしまう・・・。 その後、ギルモア宮の第三王女フランソワーズ内親王殿下と、シュヴァルツの見合い話が進んでいる事を、ハインリヒは両親の会話から耳に入れる。 フランソワーズ姫はひどく活発な姫君で、今まで、父宮母宮から進められてきた話を全て蹴り倒してきた。 「イヤよ、こんな男性!!」 両殿下が困り果てているところに、ボグート侯爵がシュヴァルツを引き合わせた、という訳だった。 ギルモア宮はシュヴァルツを大変気に入り、写真を差し出すようにとのことだったので、コズミ家では早速、シュヴァルツの正装の写真を渡した。 それを見たフランソワーズ姫は、いつものように「イヤよ!」と一蹴することなく、じっとその写真に見入っていたという。 そこで、見合いの話がとんとん拍子に進められている、という話だった。 花見の宴の後、グレートから何度も電話がかかってきたが、ハインリヒは決して、電話口に出ることはせず、取次ぎもしないよう、固くジェロニモに命じた。 電話は無駄だと判断したのか、その次には、分厚い手紙が何度か届けられた。 怒りに我を忘れているハインリヒは、ジェロニモの目の前で、その手紙を火中に投じた。 見合い話は順調に進み、結婚の勅許のお願いを上奏する準備まで整った。 それから数日が過ぎて、グレートから頻繁に電話がくるようになった。 やはり、ハインリヒは電話口に出ることはしなかった。 そしてまた、手紙が何度か届いた。 全て、ひどく、分厚い手紙だった。 ハインリヒはそれを、ジェロニモの目の前で、ビリビリと破り捨てた。 怒りの炎は、ハインリヒの中で鎮まりつつあった。 けれども。 ハインリヒはもう二度と、シュヴァルツに煩わされたくなかった。 手紙を破いてしまった事に対する後ろめたさを感じない事もなかったが・・・。 けれども、どうしても破り捨てなければならないと思った。 自分は、シュヴァルツから自由になるのだ。 ハインリヒは完全に、シュヴァルツのことを忘れたようにして、日々を過ごした。 そして・・・フランソワーズ内親王殿下とシュヴァルツの結婚の儀に対する、勅許が降りる日がやってくる・・・。 〜 「雨音の中」に続く 〜 |
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余計かな〜、と思ったのですが、多分あったほうが、これからの話が分かりやすいので。
と思って書いた補足文です。
黒い人に男のプライド傷つけられて、怒り心頭の4。
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