鎌倉の夜(中編)
鎌倉にやってきた初日にジェットに告げたように、ハインリヒはちょくちょく別荘を留守にした。 王子達も薄々感づいてはいるようだったが、彼等は決して、それを表立てにすることはなかった。 ハインリヒはやがて、シュヴァルツを別荘に呼んで一夜を共に過ごしたいと思い始めたらしい。 どこか夢見るような瞳のハインリヒから相談を持ちかけられ、ジェットはこの友のために、シュヴァルツを東京から連れてくる約束をした。 深夜にシュヴァルツを東京から連れ出して夜明けの頃に東京に返すには、どうしても車が必要だった。 ジェットは考えた末、級友で豪商であるウイスキー家の長男、イワンに助力を求めることにした。 自分の自由になる自動車を持っている友人は、イワン一人だったからだ。 そのために、ジェットはわざわざ東京に戻り、イワンを尋ねて彼の自動車を運転手つきで一晩貸して欲しいと頼んだ。 クラスでもジェットに並ぶ優秀な頭脳を持ったイワンは、クスリと大人びた笑みを浮かべた。 「理由を聞かせてもらえるかな?」 ・・・真実を語ることは出来ない。 ハインリヒの血縁に当たる令嬢が、身分違いの男に想いを寄せていること。 当然、令嬢の親は猛反対で、無理矢理に結婚話を進めていること。 令嬢を妹のように思っているハインリヒが何とか二人を会わせてやりたいと画策し、ジェットに男を連れてきてくれるよう頼んだこと。 全部嘘だが、ハインリヒがシュヴァルツに会いたいと思う気持ちだけは本当だ。 それを思って、ジェットは熱心にイワンに訴えた。 話を聞き終えたイワンは、軽く頷いた。 「分かった。車は貸し出そう。ジェット、キミのハインリヒに対する友情に敬意を表して」 普段から鋭いイワンのことだ。 何か、勘付いたのかもしれない。 ヒヤリとするジェットの心中を他所に、イワンは頬に笑みを浮かべたまま告げた。 「ハインリヒによろしく。少しはボクに感謝するように、ってね」 ジェットはとある日の夜遅くにウイスキー家に車を借りに行き、ハインリヒから指定された軍人宿でシュヴァルツを拾った。 シュヴァルツの身元が割れないようにとの、細心の注意を払ってのことだ。 ジェットとシュヴァルツ。 二人を乗せた車は、夜の闇の中を轟音を上げて走り出した。 シュヴァルツが白のスーツを身に纏って来た事に、ジェットは軽い驚きを感じていた。 闇夜に、白は目立つだろうに・・・。 けれどもジェットは、そのスーツの色に、シュヴァルツのハインリヒに対する思いの丈を感じたような気持ちになった。 ジェットの隣で、シュヴァルツはゆったりとシートに凭れている。 最初に簡単な挨拶を交わしたきり、二人の間にほとんど会話らしいものはなかった。 シュヴァルツから感じられる威厳のようなものに、ジェットは圧倒されていた。 鎌倉に着いた後、別荘の裏庭でシュヴァルツをハインリヒに引き合わせて。 「アルベルト」 一言名前を呼んで、スイと優美な仕草でハインリヒに手を差し伸べるシュヴァルツの姿は、実に堂々としていた。 月明かりの下、二人の銀の髪が目映く光を孕む。 そして二人は夜の海に消えていった。 二人の後姿を、ジェットは黙って見送った。 こんな逢瀬に手を貸しているのは罪なのだと重々承知しているのに。 肩を並べて消えていく二人は、なんて美しいのだろう。 ジェットは静かに、別荘に用意されている自室へと戻った。 闇夜にぽっかりと、青白い月が浮かんでいる。 またじきに、シュヴァルツを送り届けなければいけない。 仮眠を取ろうと、ジェットはベッドの中でそっと目を閉じた。 〜 続く 〜 |
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短くてスミマセン。
どうしてもイワンを出したかったのがバレバレ(笑)。
だって、好きなんだも〜ん!!!
いよいよ次が、一番好きなシーンになります。
書くのが楽しみなような怖いような。
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