それぞれの想い(後編)





 王子達の帰国とともに、夏は終わりを告げた。
 学校が始まると、当然ながら、シュヴァルツと会う機会も大幅に減った。
 会っている時でも、グレートが灰色の瞳を暗く瞬かせながら付いて来る。
「男同士じゃないか。他人が何を疑うというんだ?」
 一度ハインリヒがそう言うと、グレートは小さく息を吐きながら答えた。
「仲の良い従兄弟同士というには、お二人は親密に過ぎるような気が致しますが・・・?」
 ハインリヒはグッと、言葉に詰まった。

 学校が引けてから。夕闇に紛れるようにして、二人は界隈を歩く。
 人通りの少ない、裏道を選びながら。
 リーン、リーン、と、虫の音が当たりに響く。
 それに唱和するようにして、コツコツ、コツコツと、石畳の上を歩く靴音。
「お前とこうして共に歩くことも、あと1・2ヶ月もすれば終わりだろう。宮家がそういつまでも納采を伸ばされることはあるまい」
 落ち着いた口調で、シュヴァルツが事も無げにそんなことを口にした。
「毎日、明日にはもう取り返しの付かないことが起こるかもしれないと思いながら寝入るのだが、良く眠れるのが不思議だな。取り返しの付かないことをしているというのに、私も大概、神経が図太いらしいぞ」
 静かな、笑いを含んだ声。
「たとえ、納采が終わった後でも・・・」
「何を言うのだ」
 やんわりと、言葉を押さえ込まれた。
「罪もあまりに重くなれば、お前と私双方を押しつぶすことになるのだぞ?この穏やかな気持ちも含めてだ。そんなことになろうものなら、いつ終わりが来るのかを考えていた方がまだましだと思わんか?」
「お前は・・・全てを忘れる覚悟を決めているんだな」
 ハインリヒ自身は、まだその覚悟が決まっていなかった。
 望んでも叶わぬことと知りながら、いつまでも、などと女々しいことを考えてしまう。
 そんなハインリヒの想いを他所に、シュヴァルツは即答した。
「無論。どのような形でそうなるかは、私にも見当が付かんがな。私達が歩いている道は、あまりにも儚くて脆い。いつ壊れてしまっても不思議はないのだから」
 今まで、敢えて終わりについての話題には触れてこなかった二人だが。
 それは初めて、二人がこの関係の結末について語った瞬間だった。

 ハインリヒはため息をひとつ吐いた。

 終わりを考えずに始めたのか、終わりを考えてこそ始めたのか。
 今のハインリヒには、それが分からなかった。
 天罰が下って、雷でもいい、二人を黒焦げにしてくれたら。

 おれはこのまま、シュヴァルツを好きでいられるのだろうか?

 そんな不安が、ハインリヒの胸を過ぎる。
 思わず隣にあった手のひらに触れると、シュヴァルツがハインリヒの指に己のそれを絡めた。
 ハインリヒは不必要なまでに強く、シュヴァルツの手を握った。
 それは、ハインリヒの焦燥から湧き出た衝動だった。
 シュヴァルツの紅の瞳が僅かに歪んで見えた時、己が彼をそうさせているのだと思い、ハインリヒは先ほどまでの焦燥も忘れ、ひどく満足感を覚えた。
「こうして一緒に歩いていても、お前は辛そうだな」
 ぼそりと、シュヴァルツが呟く声が耳に届いた。
「私はお前と共にある時間をこの上なく大切に思っているのだが・・・」
 シュヴァルツの目を、ハインリヒは真っ直ぐに見つめた。
「あまりに愛しすぎて、幸せなど通り越してしまったんだ」
 紅い視線が、夜の帳の中をあてどもなく彷徨った後。
「・・・アルベルト」
「何だ?」
 互いに握り合っていた手を、ぐいとシュヴァルツが引いた。
 何事だと思う間もなく、口唇にそっと、温かな何かが触れた。
「シュヴァルツ!?」
「そんなに人を喜ばせるものではない」
 スッと手を離して、シュヴァルツがスタスタと歩き出した。
 ハインリヒは無言で後を追う。
 そのまま二人は黙り込み、ただただ、前へと進んだ。

 やがて、パッと視界が明るくなった。
 裏道を通り抜けてしまったらしい。
 道路沿いに煌々と、街灯が灯っている。
「引き返した方がよろしいかと。ここから先は、人目がうるさい故に」
 グレートがそっとシュヴァルツに耳打ちし、シュヴァルツが重々しく頷いた。



  〜 それぞれの想い・了 〜




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あああ〜!やっぱり私が書くと、しっとりした雰囲気とは程遠い・・・。
終わりについて、それぞれに考える二人でございました。







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