それぞれの想い(前編)





 四人の青年達の鎌倉でのバカンスは続いていた。
 ハインリヒは相変わらずちょくちょくと別荘を留守にしたが、王子達はそれに気付かない振りをしてくれていた。

 その日も、夏らしく抜けるように空が青い日だった。
 青年達はテラスに設置されているチェアに思い思いに寄りかかり、冷たい飲み物で喉を潤していた。
 そこに、手紙を載せた銀の盆を恭しく捧げ持ちながら、召使が現れた。
 他の三人よりも早くそれに気付いたピュンマ王子が駆け寄って、手紙を受取った。
 ピュンマ王子はサッと封筒に目を走らせてから、仰々しいまでの仕草でそれをジョー王子に捧げた。
 ピリリと、ジョー王子の指先が封筒を破り、真っ白な便箋が取り出された。
 便箋をひらく音が、王子の手元から聞こえてくる。
 じきに王子が手紙を読んでの喜びなり懐郷の情なりを話しだすと思い、ジェットとハインリヒは静かにその時を待っていたが。
 突然、低く呻くような声を上げてジョー王子が椅子の上で崩れ落ちた。
 慌ててジェットとハインリヒが駆け寄ると、ジョー王子は気を失っていた。
 顔色を変えたピュンマ王子が何事かとジョー王子が取り落とした便箋を手にして読み始めたが、その瞬間、ピュンマ王子もさめざめと泣き出し始めた。
 ジョー王子は人々の手で寝室に運ばれ、言葉もなく泣き続けるピュンマ王子がその後に続く。
 ジェットもハインリヒも、詳しいことは何一つ分からなかったが、王子達にとってこの上なく不吉な出来事がその身に降りかかってきたのであろうことは推測することが出来た。
 しんと静まり返った寝室で、ただ四人の息遣いだけが響く。
 話しをする幾ばくかの余裕を先に取り戻したのは、ピュンマ王子だった。
「ヘレナ姫が死んだ。ジョーの恋人であり、ボクの妹でもある、ヘレナが・・・」
ハインリヒの脳裏に、いつぞやジョー王子から見せてもらった写真の少女の姿が甦った。
 あの少女の命が、終わってしまったというのか・・・?
 目を覚ましたジョー王子は、力なく項垂れていた。
 ピュンマ王子もそれ以上は口を聞かず、沈痛な面持ちで黙り込んでしまった。

 ジェットとハインリヒは、ジョー王子をピュンマ王子に任せ、自室へ帰った。
 いつの間にか、空には夜の帳が降りていた。
 二人の王子を打ちのめした不幸に、ハインリヒまで不吉な予感に縛られてしまっている。
 そう、ジェットには感じ取ることが出来た。
「王子達は、一日でも早く帰国したいお心だろう。とてもこのまま、留学を続けようとは思われないだろうね」
「・・・そうだな」
 開け放たれた窓から夜空に視線を走らせ、ハインリヒが呟いた。
「王子達が帰国されれば、オレ達だけでここに留まることは不自然だ。父や母が来て、一緒に残りの夏を過ごすことになるかも知れんな・・・。どちらにしても、オレ達の幸福な夏は終わってしまった、というわけだ」
 恋という我儘な感情が、他人の悲しみを思いやる気持ちをも凌駕してしまうことに、ジェットは軽い驚きを覚えた。
 しかし、だからこそ、その感情はどこまでも純粋なのだ。




 それから一週間後に、王子達は帰国した。
 王子達を見送るために、ハインリヒとジェットは横浜まで足を運んだ。
 空は、どこまでも青い。
 人の悲しみなど素知らぬ風に、太陽はギラギラと輝いていた。
 大きな客船が、港を離れていく。
 王子達とハインリヒとジェットを繋いでいた紙テープは、瞬く間に千切れて、風に舞った。
 千切れたテープの代わりに白いハンカチを手に持って、二人の王子が船尾で、それを振っているのが遠目にも分かった。
 
 ハインリヒは船が遥か遠くに消え去って、見送りの客がすっかり港から姿を消してもまだ、じっと船が遠ざかっていった方向を見つめていた。
 ジェットに軽く肩を叩いて促され、ハインリヒはようやく、港から離れた。
 今、自分が見送ったのはシャムの王子達だけではないのだ。
 己の一番幸せな時が、王子達を乗せた船とともに、遠くへと攫われてしまったのだ。


  〜 続く 〜




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鎌倉を終えて、書いている生物はちょっと気が抜けちゃった感じです。
でもまだまだ好きな場面がいくつかあるので、頑張ります!







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