父の怒り(前編)





 秋も深まろうという頃、納采の儀は12月に執り行うというお達しがあった。
 シュヴァルツは睫毛一筋も動かさずに、その告知を聞いた。
 何もかもを吹っ切ったかのように、シュヴァルツは飄々と日々を過ごしている。
 グレートは気を揉みながら、若き主人の様子を見守っていた。



 そんなある日、グレートが用事から戻ってくると、
「失礼。そちらはコズミ家の執事殿ではありませんか?」
 屋敷の入り口で、男の声に呼び止められた。
 全く聞き覚えのない声だったので、グレートはそのまま屋敷に入ろうとする。
「少し、お話を」
 男の声は、ひどく耳障りだった。
「見も知らぬ人物と話すいわれなどないと思うが・・・?」
 ピシャリと断りの向上を述べようとしたグレートの目の前に、ひらりと名刺が差し出された。
 薄ぼんやりとした闇の中で、その白がやけに目に付いた。
「・・・新聞記者?」
「ええ。わたくし、こういう者でございまして」
 男はニヤリと見ていて不快になるような笑みを浮かべた。
「今日はお見せしたいものがあって、お伺いした次第です」
 男の指先に挟まれている、一枚の写真。
 暗がりの中で、シュヴァルツとハインリヒが・・・。
 グレートが、サッと顔色を白くした。
「貴方なら、これが何かお分かりでしょう?これが、世間の宮家の目に触れれば・・・」
「話を、お伺いしよう」
「流石に話がお早い。それでは、こちらへ・・・」
 男に誘われるがままに、グレートの姿が夜の闇の中に消えてゆく・・・。



 翌朝、グレートは朝食を済ませたシュヴァルツに何気なく声をかけた。
「若様。今日はよい天気ですな。朝食後の散歩でもいかがですかな?我輩がお供いたしますぞ」
 グレートがこのようにして声をかける時は、大抵ハインリヒに会える事をシュヴァルツは知っているはずだが。
 まだ朝も早いのにと訝しげな表情の主人を連れて、グレートは屋敷から少し離れた社へと向かった。
 社の境内に入ると、シュヴァルツがおもむろに口を開いた。
「アルベルトが来るのか・・・?」
「ボグートの若様はおいでになりません。今日は、若様にお話がございまして、こちらにお連れしたのです」
 気だるげな紅い瞳を、グレートはじっと覗き込んだ。
「若様、何もかも申し上げます。若様とボグートの若様の仲を、新聞記者に嗅ぎ付けられましたぞ」
「・・・そうか」
 シュヴァルツの表情には、ひとつの乱れもなかった。
「記者はお二人の写真を脅しに使い、金銭の要求をしてきました。いかがなさる?」
 黙り込むシュヴァルツ向かって、グレートは言葉を続けた。
「お上が何より大切だという事は、今更このグレートから申し上げるまでもありますまい。コズミのお家は、お上の碌を食んで三十二代目におなりになったのですから。お分かりでしょうが、お上のご許可を得たご結婚は、もういかんともし難いのですぞ?」
「そんなことは、分かっている」
「金銭を支払えない場合には、あやつはお二人の写真をしかるべき場に出すと言っております。コズミのお家には、金銭の余裕などありますまい。あちらの若様にも責任がございますゆえ、この上は、ボグート侯爵を頼って・・・」
「黙れ、グレート」
 シュヴァルツの短い一言が、グレートを打った。
「若様・・・?」
「侯爵の力を借りる?それだけは許さんぞ。良く承知しておけ」
 凛とした眼差しが、グレートを更に打ちのめす。
「このことは何もかも、ボグートの家に知らせてはならん。安心するがいい。己が身から出た錆は、己で始末を付ける。一切余計な行動を取ることは許さんぞ・・・。分かったな?」
 キッパリと言いのけたシュヴァルツの威厳に押され、グレートはただ、深々と頭を下げることしか出来なかった。




  〜 続く 〜




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原作ではさとこさん御懐妊、なのですが、黒4は男なので(笑)。
ちょっとこじつけみたいになってしまって切ない・・・。
性別の壁の大きさに飲み込まれそうでございます(涙)。








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