ねぇわらって




 9回裏。
 一点のビハインドで二死二三塁。
 相手チームにとってはチャンス、逆にこちらはピンチだ。
 帽子を取り、花井は額の汗を拭う。
 審判にタイムを要求し、田島は花井に駆け寄った。
「花井、リラックス!打たれてもイイ、っていう感じでいこうぜ。な?」
 小さく花井が頷いたが、その表情は強張っている。
 真面目な花井のことだ。こんな場で緊張するなと言う方が無理だと分かってはいるけれど。
 なんとか、気持ちを楽にしてやりたかった。
「大丈夫!お前のボール、絶対にオレのミットに届くって!」
 そう言うと、花井の頬に微かに笑みが浮かんだ。
 ポンと花井の肩を叩き、田島は守備位置に戻った。
 審判が試合再開を宣言する。
 田島はミットを構えた。
 マウンドの上で、大きく深呼吸して。
 花井はセットアップポジションに入った。
 そして、手元から投げ出されたボールは・・・。




「はない・・・花井!」
 強く肩を叩かれ、ハッと我に返った。
「ミーティングまで終わったぞ。大丈夫か?」
 目の前に、心配そうな田島の顔。
『ごめん』
 言おうとして口を開いたが上手く声を出すことが出来ず、それどころか泣きそうになってしまう。
 一点リードで沖から引き継いだマウンド。
 自分の所為で、チームの勝利を台無しにしてしまった。
 俯いて涙を堪えていると。
 腕をグイ、と掴まれ。
「駅まで送ってく」
 有無を言わせぬような口調で、田島がいささか乱暴に言葉を発した。
 怒ってる・・・?
 当然だ。
 自分の所為で、負けたのだから。
 花井はノロノロと立ち上がり、田島の後を付いて部室を出た。



 自転車置き場から愛車を転がし、田島は歩いた。
 後ろから、花井がトボトボと歩いてくる。
 田島は花井を振り向き、フウ、と息を吐いた。
 そのまま無言で二人は歩き。
 駅に到着した。
「じゃあな」
 視線を合わせようともせず、花井はスルリと田島の傍らを通り過ぎようとした。
「待てよ・・・!」
 腕を掴むと、花井がようやく振り向いた。
 ・・・泣き出しそうな顔をしている・・・。
「そんな顔のままで花井を帰すなんて、ゲンミツにゴメンだね」
「だって・・・オレの所為で・・・」
 小さな小さな声が唇から零れ、花井は俯いた。
「花井のせいじゃないだろ?オレ達がもっと点を取ってれば、勝てたんだから。花井が手ぇ抜いて打たれたんなら花井のせいかも知んないけど、一生懸命やってたろ?オレは、知ってる」
 握りしめた手に、力を込めた。
「勝ち負けは、チーム全体の責任だ。それに、全戦全勝なんてありえないしさ。だから、気にしない!!な?」
 花井が顔を上げ、田島に視線を当てた。
「ありがとな、田島・・・」
 その言葉と共に、花井の頬に笑みが浮かんだ。
 ・・・泣笑いのような表情ではあったけれど。
「花井はさ、笑ってるのがいいよ。花井の可愛い笑顔に、みんなホッとする」
「何言ってんだよ・・・」
「ホントだって。主将が辛気臭い顔してたら、みんな不安になるだろ?だからさ。笑ってよ」
 グイ、と、花井が目元を拭った。
「田島」
「ん??」
「心配かけて、ごめんな」
 泣笑いではなく、微笑んだ。
 キレイで可愛い笑顔。
 掴んでいた腕を放し、トンと背中を押した。
「ハイ、その笑顔で合格!家に帰ってもイイぜ?」
 田島も笑いながらそう言うと、花井はヒラリと手を振って。
「じゃあ、また明日」
「おう!明日な!!」
 その背中を見送りながら、田島は思う。

 他の表情も好きだけど・・・花井の笑顔が、一番好きだよ。

 自転車に跨り、田島は口笛を吹きながら家路についた。


〜 END 〜




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自分の所為で試合に負けたと落ち込む花井くん。
そして、それを励ます田島が書きたかっただけです。
まだ恋愛未満かな〜。
もう少しラブラブにしたかった・・・(討死)!!





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