『プラス003:倉庫』
(ギル4)
いつもと変わらない朝――。
いつもどおりの時間に家を出て、いつもどおりに会社に着く。
まったく変わらない日常を迎えようとしていたハインリヒに対して、
上司であるシュヴァルツから声が掛かる。
「ハインリヒ。悪いが今日から一週間、商品開発部へ行ってもらう。」
「え?開発部……、ですか。」
「今進めているプロジェクトをまとめる立場のお前が抜けるのは痛いが、
スカール会長と開発部責任者から是非お前にと言われてな……。
一番大事な時期にお前に抜けられては困ると断ったんだ。
だが、会長に押し切られてしまっては俺達もどうにもできん。」
そう言いながら腕を組み、いつもはまったく見せる事のない感情を全面に押し出し、
シュヴァルツのイライラは頂点に達していた。
「確かに商品開発部が会社の業績のひとつになっているし、
モノがきちんとしていなければ、それを売り込む営業もお手上げだしな……。
だが、今回のプロジェクトの相手は、あの“イワン・ウィスキー”だ。
その辺のモノを売るのとは訳が違う。
開発予定地の我々の物件にどれだけ先方が興味を示すか……。
今まで以上に苦労する相手と巨大プロジェクトになるのをわかっていて、
まとめ役のお前を引き抜くとは、あのジジイ共の考えが俺にはまたっく理解できん!」
シュヴァルツは、一気にハインリヒに捲くし立てると自分の机にある資料を手渡し、
「開発部の倉庫へ直接来るように…、だそうだ。」
と付け加え、机の引き出しから煙草を出すとそのまま喫煙所へ消えていった。
ハインリヒはシュヴァルツが出て行くのを目で追うと、
ハッと我に返り渡された書類に目を通しながら、商品開発部へ向かうのだった……。
商品開発部は同じ本社に開発部として設けてあるが、
基本的に開発部事務所には数人の新人が事務処理をしているだけで、
その他の社員はほとんど本社から離れた倉庫などでの仕事が多い。
倉庫の一角にはスタジオも完備され、
自社で開発された商品のCMや撮影なども、
営業部の担当を交えて商品開発部社員が自ら責任を持って行う。
商品開発部と一口に言っても、
カメラマンからスタイリストまで幅広い人材が揃っているのも
この会社の特長とも言えるだろう……。
ハインリヒも指定された倉庫へと足を延ばし、倉庫の一角にある会議室へ向かった。
会議室のドアをノックすると、中から初老の男性が現れてニッコリと挨拶する。
「君がハインリヒ君だね。私は開発部責任者のアイザック・ギルモア。
今回は忙しいのに無理にお願いしてすまないね。」
そう言って中へ招き入れると、奥のソファへ案内した。
「いえ、急なのでビックリはしたんですが……。」
言われるままにソファへ腰を掛けると、ハインリヒは今回自分が呼ばれた件について
アイザック・ギルモアに話を切り出した。
「本来ならば女性社員数名にお願いしたいと思っておったのだが、
いくら商品開発部の為とはいえ、セクハラ問題になりかねないのでな。
社長と会長に商品説明とこの事を相談した結果、
君を一週間だけお借りするという事で決着がついた訳だ。」
セクハラ問題との発言に、ハインリヒは何か引っかかるモノを感じたが、
気のせいだと思い込みつつ話の続きを聞く。
「で、君にお願いしたいのは新商品のモニターとそのCMなんだが……。」
と言いながらギルモアが取り出した箱を見て、ハインリヒは驚いた。
「ちょっと待ってくれ!!新商品って……。」
箱から出てきたものは、世間一般でいう大人の玩具――。
「まさかコレを俺が使ってCMしろと……?」
「そのまさかじゃ。」
真顔で目の前に出された玩具達(どう見ても10個や20個ではない)に、
軽く目眩を覚えたハインリヒだったが、会長命令と言われて断る訳にもいかない。
「だから言ったじゃろう。女性社員じゃセクハラ問題になってしまうからと。」
「……俺じゃセクハラにならないのか?」
「君は社長付き、営業部でもそういう仕事をしておるんじゃろう?」
「うっ……。」
ギルモアの発言の意味を理解し、ハインリヒは言葉に詰まった。
「確かに、俺は営業部で社長付きの仕事をしているが、
わざわざ俺を指名するんじゃなく、開発部のスタッフでやれば良いだろう?」
「スカール会長とボグート社長からのご指名なんじゃよ。
それに、社長自ら君を相手にモニターをしたいと言われたんだが……。」
「それだけは勘弁して欲しい……。」
その後、どう頑張ってもハインリヒに勝ち目はなく、
スカールとボグートの直筆サイン入りの書類をギルモアから渡されて、
ガックリと肩を落とすしかなかった。
「これらの商品がこのままではなく、どのように改良を加えて世に出すか、
どうすればユーザーが喜んでくれるか、それはお前さんに掛かっておる。
会社として一つの商品を生み出すんじゃ。それの手助けをすると考えれば良い。」
と、別室に移るとギルモアは丁寧に商品の説明をはじめる。
(株)ブラック・ゴーストという会社は表向きだけではなく、
裏ではこういうアダルト商品を扱っている事を噂では聞いてはいた。
女性向けのランジェリーショップを思わせるような明るい店舗、
気軽に買えるインターネットでの販売等、こっちの業界でもかなり力を入れている。
そしてこの手の商品寿命はかなり短く、流行やデザインなどにも影響され、
その都度改良を施し、新商品として市場に出回っているのだ。
延々と続くギルモアの説明が終った時には、時計の針は昼の12時を差していた。
グッタリと諦め顔で聞いていたハインリヒだったが、
時計に気付いたギルモアが一旦話を中断し休憩しようという事になり、
昼食を取りに本社の食堂へ逃げるように戻っていった。
だが、時間が来ればまたあの倉庫へ戻らねばならない。
しかもこれから一週間、CM撮影までさせられるなんて……。
いくら仕事でもこれはないだろ…と、
大きくため息を吐きながらハインリヒは倉庫まで戻っていった。
「おぉ、戻ってきたな。」
明るく迎え入れたギルモアの声に、ハインリヒはまたグッタリとうなだれる。
スラックスなどの衣服を脱いで撮影用のベッドに腰掛けるように言われ、
渋々言われたとおりにベッドへ向かう。
まず、始めに手渡されたのはピンク色の「らぶ★ゼリー」と書かれたローション。
「ハインリヒ君、このローションはな……。」
と、また目を輝かせたギルモアのウンチク(商品説明)が始まった。
いい加減したところでハインリヒが堪らずギルモアの言葉を切るように割って入る。
「じいさん、説明しているところを邪魔して悪いが、
俺はこの格好で何時間待てば良いんだ?出来ればさっさと終わらせたいんだが…。」
「いやいや、悪かった…。」
そう言ってギルモアはスケルトンのパール入り玩具をハインリヒに手渡し、
ローションで内部を解してから挿入してくれと指示した。
「……じいさんの前でか?」
「儂の前ぐらいで恥かしがっていては話にならんぞ。ほれ、さっさと試してみ。」
渋々、ハインリヒは言われたとおりにローションを手に取り、
少しずつ粘りを出して手のひらで暖めるようにして自分の秘所へ導いていく。
ヌルっとした感触が入り口に触れビクつきながらも
内部へゆっくりと解しながら指を差し入れる。
「すまないがそっちを向いていたら状況が分からんのでな。
コチラへ尻を向けてくれるか、足を開いて良く見えるようにしてくれるかの。」
「……ッ!」
ギルモアに言われ、仕方なく四つんばいになりギルモアの方へ尻を向けながら、
クチュクチュと指を挿し入れて解していく。
いい加減解れた所で、ギルモアから渡された玩具を自分で挿入するように言われ、
羞恥心で顔を真っ赤に染めつつも、ハインリヒは指示に従った。
「ふっ……、んぅ…。」
グチュ…と水音をさせながら、ゆっくり挿入する。
それを見てギルモアはハインリヒの方へ近付くと、
玩具に繋がっていたコードを手にして、スイッチを入れる。
「アァ……!」
ヴィィン…と内部で動き出した玩具に、ハインリヒの声が洩れる。
「スイッチを入れた時にどの様に感じるか説明してもらえるかね?」
「せ、説明って…。く……、んっ!」
「まだスイッチを入れた段階だが、コレはただ振動するだけでなく、
まわる・うねるなどの動きも出来る。もちろんパール入りで感触もそれらしく作ってある。
実際、どの辺りが感じるかとか、まわすにした時はどうか、うねるはどうか、
挿入部分以外の部分はどう感じるかなど、きちんとした意見を聞きたいんじゃよ。」
そう言ってスイッチを手渡し、自分で好きなように弄ってくれて構わんと言われた時、
ハインリヒはこの会社を選んで入社した事を心底後悔した。
その後も、これでもかというぐらいに、モニターという名目でさんざん責められ、
ベッドの上で腰も立たなくなっていた時には、もう夕方になっていた。
「おや、もうこんな時間か…。ハインリヒ君、すまんが
今日はこの辺でお開きにして良いかな。これから儂も旧友と久しぶりに飲み会なんじゃ。」
「はぁ……。お疲れ、様でした。」
終始こんな感じで、嫌々ながらも地獄の様な一週間がやっと終わり、
安堵の表情を浮かべたハインリヒは、次の週には元の営業部へ戻る事ができた。
シュヴァルツ課長が待っていたぞと迎え入れてくれ、
社長からも急にすまなかったなと声を掛けられてプロジェクトに戻った。
「あぁそうだ、ハインリヒ。手が空いたら社長室へ来なさい。」
「あ、はい。」
ボグートに呼ばれ社長室へ行くと、
その社長室の机の上には、大きなダンボールが一つ置いてある。
「先週はご苦労だった。お陰で期日までに商品化にこぎつけたと、
開発部のギルモアから礼を言われてな……。」
「いえ、これも仕事ですから。」
思い出すだけで腰が痛くなりそうな、あの忌まわしい光景が鮮明に甦ってくる。
「でな、開発部からお礼にとコレが届けられてな。」
そういってボグートが手にした、あの大きなダンボールの中身は、
ハインリヒが体を張って商品化したあの玩具が入っていた。
「是非、社長自ら試してもらいたいとの伝言付きだ。」
「た、試すって……。」
ハインリヒの脳裏に嫌な考えが浮かんでしまう。
「どんな商品かを取引先に説明する為にも、
ハインリヒ、君から直接商品の説明をしてもらうつもりだ。」
「しゃ、社長……!!」
「そうだな、場所は箱根の別荘へでも行くか…。あそこなら空気も綺麗だし、
何かあった時にも迅速に動けるからな。」
その後、彼が開発に携わった商品は、社内でも記録的ヒット商品となった。
その理由の一つとして、
「女性でも男性でもOK」というキャッチフレーズと共に、
開発部にいた時、商品説明をさせられながら自分で挿入していた姿を、
商品の使い方説明ビデオ(自慰行為編)と称し、VIP会員だけの特別販売として
販売されていた事を、アルベルト・ハインリヒは知る由もなかった。
(株)ブラック・ゴーストで働くサラリーマン、
アルベルト・ハインリヒの受難は、まだまだ終りそうもなかった――。
〜終〜
◆コメント◆
ちなみに、ハインさんとギルモアが言っている「CM」とは、
パッケージ撮影の事です。
「銀髪の彼もお気に入り!」
とかコピーが入っているかもしれません。(笑)
「箱根の別荘で社長と二人商品説明編」を
心優しい方が書いてくださる事を希望します。(笑)
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