『お題05:報告』
(スカ4)
「此方が今回の企画書です。」
まさか、こんな日が来るとは思ってもいなかった。
自分一人で会長のもとへ新しい企画の合否をもらいに行くなんて…。
「これはどんな企画なのかね?」
いつもの落ち着いた低い声で会長は企画書を見つめたまま訊ねてきた。
「はい、今回新しい商品の開発をしようと思っております。
以前、取引をさせて頂いたグレート氏からの紹介で、大変腕の良い料理人を紹介頂きました。」
「ふむ。」
「その料理人なのですが、日本では大変人気があるようでして…。」
「それと、この企画と、どう関係があるのだね?」
「はい、実は今回新商品として、当社初の食品を販売したいと思っております。
そして、その食品なのですが、人気のある料理人がプロデュースした冷凍食品として販売をしようと企画致しました。」
表向きは冷静に説明していても、内心はそれどころではなかった。
いつもは企画書を渡す先は社長なのに、何故か今回に限っては会長だなんて…。
やはり、新商品、新しい種類となると、難しいのだろうか?この会社が始まってから働いているものの、こんな事は初めてだった。
―――この会社に入社する前、以前の勤め先からヘッドハントされて此処へやってきた。
自分に声を掛けて来たのは会長本人だった。
『君はとても優秀な人材だ。今いる所は、君の実力は十二分に発揮できないと私は思っている。
私は、新しい会社を立ち上げようとしている。どうだ、此方へ来て、もっと大きな事を成し遂げないか?
何、不自由にはさせんよ、今よりも良い待遇を与える。そして君が望むものは全力でバックアップしてやろう。』
この一言で、自分は会長のもとへ行かない理由などある訳がなかった。
「…この料理人は、張々湖か。私も以前彼の料理を食べたことがあったが、確かに大変美味かった。
なるほど、彼がプロデュースの冷凍食品か…。人気も確かで、味も絶品だ。面白い、早速メンバーを集めてやってみるといい。
必要な物があれば、幾らでも用意してやろう。」
記憶にほんの少し心を奪われがちになっていたのを、会長のGOサインで現実に引き戻された。
「い、いいんですか…?社長の意見は…?」
「ボグートは、何と言っていたんだ?」
「その…『会長の答えが、俺の答えだ。』と…。」
「なら良いではないか。」
「はい…。」
目の前でしっかりと、企画書に判が押される。企画書を受け取ると、渡した時よりも、ぐっと重みを感じた。
「ところで…グレートの紹介ということは、彼の会社にも幾らか利益があるのかね…?」
「いえ、何度もそのことを尋ねましたが、私の仕事熱心さに心打たれてしたことだと仰いました。」
「ほぅ…」
会長の声色が少し変わるのを感じ取った。何か気に障るようなことを言ったのだろうか?
会長はゆっくりと席を立ち、此方へ向かってくる。
初めて会長と出逢ったときも、今と同じように仮面と、手袋をつけていた。
そして、自分のすぐ後ろにまで会長は傍に寄ってきた。
「タダで紹介するとは―君は一体どんな手口でグレートを落としたのかね?」
「そんな…落とすだなんて…。」
仮面が、うなじに少し触れながら、手袋を付けた手が、自分の身体を肩からゆっくりと、なぞるように降りて行く。
腰の辺りで、一度手は止まった。そして―
「この魅力的な身体で落としたのかね?」
と低い声で、会長は耳元で囁いた。
「いいえ…。」
身体は次第に心拍数が上がり、呼吸も浅く、乱れてきた。
そして、後ろに振り返り、虚ろな眼で仮面の奥を見つめても、その表情は窺えなかった。
誰も知らない会長の素顔―社長すら知らないという。
高ぶる身体をまた、なぞるように会長の手が動く。その手はやがて股間へと伸びた。
「はぁっ…」
「何だ、まだ何もしていないというのに…。お前は素直な男だな…。
だがな、続きは、この企画が上手くいってからだ。ご褒美は、それからだ。」
会長の手が体から離れると、体中の力が抜け、床にへたりこんでしまった。
「さぁ、頑張ってこの仕事を軌道にのせて来い。」
そう言うと、会長は席に戻り、窓方を向いたまま、もう振り返ることは無かった。
そして自分はフラリと立ち上がり、おぼつかない足取りで、会長室を後にした。
この企画の褒美―それは解りきっている事だが、もし本当に会長から褒美が貰えるとしたら、
自分は会長の仮面の下―素顔を見ることが出来るだろうか?
淡い期待が、胸によぎりながら、企画のためのメンバー構成をもう考えながら、自分の部署へ戻ることにした。
【end】
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