『09:スーツを脱いだ後』
(44)






(株)BG社内にあるスポーツジム施設のプールに

タオルを持って立っているハインリヒの姿があった――。

華麗で無駄の無い泳ぎを見せるシュヴァルツを見守るように、

プールサイドにハインリヒは立っていた。



浅黒い肌と、スポーツマンらしく艶のある筋肉。

その素晴らしい肉体を輝かせ、水飛沫を上げながら泳ぐシュヴァルツの姿は、

女性だけではなく、男性社員でも魅了されてしまうだろう……。





最後まで泳ぎ終えたシュヴァルツは、

プールから出て、プールサイドにあるイスに腰掛けた。

ハインリヒを呼びつけ、タオルを受け取ると満足そうに笑って声を掛ける。

「たまにはお前も泳いだらどうだ?気持ち良いぞ。」

「課長ほど、泳ぎは得意ではありませんよ…。」

そう言って愛想笑いを浮かべて逃げるハインリヒの腕を捕まえて、

自らの顔の前まで引っ張るシュヴァルツは、再度ハインリヒに命令する。

「アルベルト、着替えて来いと言っているんだ。たまには私の我侭に付き合え…。」

(たまには…と言ってはいるが、いつもの事じゃないか……。)

ハインリヒは心の中でため息を吐きながら、

観念したようにシュヴァルツの命令に頭を軽く下げて従った。

「わかりました、仰せのままに……。」





そうして、ハインリヒは言われるままロッカールームに着替えに行った。

ここのロッカールームには全社員分のロッカーが備わっており、

運動靴からスポーツウェアに至るまで、総て会社から支給されている。

『会社の強さは、社員ひとりひとりの肉体と精神の強さから成り立つ』

そんな会長のモットーの下に、健康管理までもが自社の責任というぐらい徹底していた。






着替えて戻ってきたハインリヒは、シュヴァルツの側まで行ってハッと息を飲んだ。

普段見慣れているシュヴァルツの裸……。

何度も肌を重ね、その張りのある腕に抱かれて知ってはいるものの、

泳いだ後の水に濡れた姿は、彼の匂い立つフェロモンに包まれ、さらに魅力的に感じる。

そして、局部を覆う水着にピッタリと形が残る股間。

(いつもと同じはずなのに、何でこの人はこうも魅力的なのだろう? )

同じ男として嫉妬するぐらい魅力的な上司にハインリヒの鼓動は高鳴った。



「着替えてきたか…。」

ハインリヒの気配に気がつき振り向いたシュヴァルツに、

ハインリヒはカァ…と全身に羞恥が走り、頬が桜色に染まっていく。

「どうした、顔が赤いが…?」

「な、何でもありません!」

フイっと目を逸らしたハインリヒにフフっと笑いながら、

シュヴァルツは準備運動をしてから泳ごうと伝え、ウォーミングアップを始めた。

ひととおりウォーミングアップが終ると、二人共水の中に入ったが、

面白い事を思いついたとシュヴァルツがハインリヒに提案を持ちかける。



「アルベルト、たまには私と勝負してみないか…?」

「勝負ですか?」

ハインリヒはシュヴァルツの発言に訝しげに眉を寄せる。

「私に勝ったら…、お前の好きにしていいぞ。」

その発言の意図が分からず、ハインリヒは言葉に詰まってしまう。

「私に勝ったら、今日はこれからお前の好きにして構わないと言ったんだ。」

二度、同じ事を言われてハインリヒはその言葉の意味に困惑する。

「好きなようにと言われましても……。それに私が課長に敵うはずないでしょう?」

困惑を表情に表して言葉を捜すハインリヒに、

シュヴァルツはさらに追い討ちをかけるように言う。

「やってみなければわからんだろう。それとも負け戦はしないなどと、

企業戦士らしからぬ発言をするつもりではないだろうな……?」

「いえ、そんな……。」

「なら決まりだ。たまには仕事以外で競うのもいい刺激だからな…。」

そう言ってゴーグルをはめると、シュヴァルツは強引に勝負事を始めた。

渋々と上司の言われるまま、勝負事にのってしまった形のハインリヒだったが、

やるとなってはやはり負けたくはない。

真面目で負けず嫌いな性格が、彼をここまでの地位にのし上げてきたのだ。



「では行くぞ。」

シュヴァルツの掛け声で、25メートル一本勝負が始まった――!

白と黒の二つの肉体が、水飛沫を上げてゴールへと進んでいく……。

それはまさに水面を自由に泳ぐイルカの様に、シュヴァルツとハインリヒは一歩も譲らない。

どちらとも勝負が見えないまま、二人は最後の5メートルを切った。



(仕事では敵わなくても、それ以外では絶対に負けたくない。)



いつも自身に満ち溢れ、何も知らない自分をここまで育てた男シュヴァルツ――。

この男には絶対敵わない……。

知ってはいても、それでも追いつきたいと思うのは向上心という当たり前の感情。



壁に手を付けて泳ぎきってハインリヒは、急いで水面から顔を上げると、

シュヴァルツは、今まさに壁をタッチしようとしていた。

ほんの少しの差でシュヴァルツに勝ったのを理解したハインリヒの胸に、

じわじわと勝利を確信した喜びが広がる。

「あ……。」

(課長に、勝った……。)

短く言葉を発したままボーっとしているハインリヒ。

水から顔を上げたシュヴァルツは額に被さる前髪を掻きあげながら笑うと、

ハインリヒに声を掛ける。

「敵うはずはないと言いながら、お前の方が早かったな……。」

プールに掛かっているコースロープに寄りかかりながら、

戸惑いを隠せないハインリヒを見つめシュヴァルツは言葉を続ける。

「さて、私に勝ったんだ。この後はお前の好きにしていいぞ。」

「え……。」

「忘れたのか?私に勝ったら好きにしていいと約束しただろう…?」

勝てると思っていなかったハインリヒは、シュヴァルツの発言に言葉を失う。

思いも寄らないご褒美に、思考回路が停止してしまい、真っ白になって何も思いつかない。

「好きにしていいと申されましても……。」

しどろもどろに答えるハインリヒにシュヴァルツは短くため息を吐く。

「お前は本当に欲のない男だな…。」

フッと短く笑うシュヴァルツは、ではもう少しだけ付き合ってくれと続けて、

暫く二人しかいないプールでスポーツを楽しんだ。





シャワーを浴びたシュヴァルツは、先に着替えをすましているハインリヒに声を掛けた。

「つき合わせて悪かったな。だがたまには気持ちの良いもんだろう?」

「えぇ……。久しぶりに何も考えずに楽しめたので良かったです。」

濡れた頭をタオルで乾かしながら、シュヴァルツは思い出したように訊ねる。

「アルベルト、何か思いついたか?」

その発言にハインリヒは首を傾げて聞き返す。

「思いつく…、ですか?」

「さっき約束しただろう、お前はこれから何がしたい?」

あぁ…と、シュヴァルツと泳いだ理由を思い出したハインリヒだったが、

これといって思いつかず、特に希望はないと伝える。

そんなハインリヒに着替えていたシュヴァルツは、欲のない男は出世しないぞと言い捨てた。

だがすぐに、「そんなお前も嫌いではない…。」と付け加えて微笑んだ。





着替え終わり、社を出ようとした時、珍しくシュヴァルツに食事を誘われた。

「アルベルト、今日の礼だ。これから俺がお前の為に食事を作ってやろう……。」

「そんな…。」

申し訳ないからと断るハインリヒだったが、たまには良いだろうと強引に、

シュヴァルツはハインリヒを自分が住むマンションへ連れて行く。





そこで用意された食事は素晴らしいモノだった――。

家具はおろか食器に至るまで、一流のモノで揃えられたシュヴァルツの私生活。

シュヴァルツの作る料理も超一流で、

その辺のシェフと変わらないような味と見た目にハインリヒはさらに驚く……。

「趣味で始めた料理だったが、気がついたら下手な料理人より上手くなっていた。」

そう言って笑うシュヴァルツの意外な素顔を垣間見たハインリヒは、

驚きよりも嬉しさが込上げてくる。

何をするにも自信が溢れ、実力のあるこの男の魅力はこういう所にもあるのかと、

目の前に用意された料理とワインに舌鼓を打つ事を忘れて、

ハインリヒはシュヴァルツをぼんやりと見つめている。

「どうした?」

「あ、いえ……。」

「フッ…、おかしなヤツだな。」





自分はいずれこの男を越える事が出来るだろうか――。

ふとそんな考えが頭に浮かんだが、

自分の未熟さにまだまだだと言い聞かせて、

ハインリヒはシュヴァルツの用意した思いがけないディナーを楽しんでいた。




〜終〜




◆コメント◆

以前チャットで出たネタを文章で起こしてみました。
エロで44スイミングって事でしたが、たまにはこういうのもアリかな〜と勝手に変更。(汗)
………すみません、幸せそうな44が見たかったもので。

ちなみに課長の料理の腕は、こだわりも半端ではなく鉄人並だと思います。
そんな課長の意外な一面にドキドキしたハインさんは、
雰囲気に流されて課長のベッドに誘われ、二人で食後の運動をするかと思われます。
(これじゃいつもと変わらないじゃん。)





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