『お題13:接待』
(14)






 その日、(株)ブラックゴーストの社内はどことなく落ち着かなかった。
 ロシアの大企業の社長が急にやってくることになり、関係者はその準備でおおわらわだ。
 会長のスカールまで駆り出され、賓客を迎えるのに万全の体制が整えられた。


 来訪予定時刻になり、会社の前に立派な黒塗りの車が止まる。
 その車の中から出てきたのは・・・まだ幼さの残る少年だった。
「いらっしゃいませ。イワン・ウイスキー様でいらっしゃいますか?」
 出迎えたハインリヒが一礼してから尋ねると、少年は歳に不似合いな大人びた笑いをその頬に浮かべた。
「そう。ボクがイワン・ウイスキーです。社長のボグート氏はご在席かな?」
「ご案内いたします・・・」
 ハインリヒがそう言うと、少年社長は鷹揚に頷いた。




 応接室には、会長と社長、その他諸々の面々が、揃ってイワンの到着を待っていた。
「ボグート!ウイスキーコンツェルンの社長が、我が社に何用なのだ?」
 スカールが尋ねると、ボグートが軽く首を捻った。
「それが、分からんのです。急にアポが来て、どうしても訪問したいとの一点張り。みすみす無下にすることも出来ませんし・・・」
「まあ、とりあえず、お話を伺えば良いではありませんか」
 営業部の代表として呼ばれたシュヴァルツが、一人、落ち着いた面持ちで答えた。
 その時。
「失礼します。ウイスキー社長をお連れしました」
 コンコンというノックの音と共に、ハインリヒの声が聞こえてきて、二人は口をつぐんだ。
 ドアが開き、ハインリヒの影に少年社長の姿を認め、スカールとボグートが軽く一礼した。
「こんにちわ。イワン・ウイスキーです」
「弊社社長のボグートです。こちらは、会長のスカールでございます」
「初めまして、ウイスキー社長。本日は、弊社にどのようなご用件で?」
 来客に椅子を勧めながら、挨拶を交わす。
「単刀直入に言うと、我が社の情報系のシステムを一新しようと思っているんです。その発注を、こちらにお願いしたくて」
 スカールとボグートが顔を見合わせた。
 ウイスキーコンツェルンは、世界各国に幾つもの支社を持っている。
 そのシステムを一新するとなると、何千億単位の、ひどく大口の取引になるはずだった。
「こちらの情報系の部門は、優秀でしょう?」
「そのように自負はしておりますが・・・」
 ボグートの言葉に、イワンはクスリと笑った。
「ねえ、情報システムの部門に、カール・エッカーマンっていう人がいるでしょう?会わせてくれないかな?商談が成立したら、プロジェクトは彼が中心になってやってくれるんだと思うから」
 背後に控えていたハインリヒを振り向き、スカールが命じた。
「エッカーマン課長を連れて来るように。・・・部長も話を伺った方が良いかも知れん。部長も呼んできなさい」
「はい。ウイスキー社長、しばらくお待ちください」
 ハインリヒが部屋から出て行くと、スカールが尋ねた。
「エッカーマンとお知り合いでいらっしゃるのですか?」
「ふふ。ナイショだよv」

 ハインリヒは急ぎ足で情報システム部へ向かい、企画課長に声をかけた。
「エッカーマン課長!」
「私に何か?」
 瞳を細めるようにして、カールがハンリヒに視線を当てた。
「会長と社長がお呼びです。部長もご一緒にお願いいたします」
 いささか早口になりながら告げると、ガタリと音を立てながらカールは立ち上がり。
 背後の部長を振り向いた。
「エッカーマン部長。会長と社長がお呼びだそうです」
 二人を伴い、ハインリヒは状況の説明をしながら、応接室へと急いだ。

 情報システム部長と企画課長を応接室に連れて行くと、イワンが嬉しそうに、笑った。
「カール・エッカーマンはどっち?」
「私ですが・・・」
 栗色の髪を微かに揺らすようにして、カールが答えると。
 イワンは立ち上がり、その手をギュッと握りしめた。
「カール!ボクだよ。イワンだよ、イワンvあえて嬉しいな」
 カールの目が、文字通り点になり。
 それから彼は、ハッとしたような顔になった。
「イワン?もしかして・・・」
「そう。メル友のイワンだよ。キミとのIT関係の話、いつも楽しませてもらっている。メールを交わしていて、キミが優秀な人物だってコトは充分に分かってるつもりだからね。今回、キミの会社に我が社の情報システムの一新を依頼しようと思っているところなんだ。ヨロシクね」
 そう言って少年社長はニヤリと笑い、スカールとボグートに顔を向けた。
「カールがいるってコトで、商談は50%成立」
 それから彼がクルリと振り向いた先には・・・ハインリヒ。
「残りの50%を担うのは・・・キミだよ。キレイな銀の髪のお兄さんv」
 その場に集った人々の視線が、一斉にハインリヒに向けられた。
「ボクを迎えに来てくれた人だよね。名前はなんていうの?」
「アルベルト・ハインリヒです」
 自社の人間はほとんど、ギラギラと目を光らせハインリヒを威嚇していた。
 彼らの目は一様に、『絶対に契約を!!』と、言っていた。
 それを知ってか知らずか、少年社長はニコニコと笑いながら、両手をパチリと合わせた。
「素敵な名前だねv」
 頬に笑みを浮かべたまま、イワンは言葉を続けた。
「ボクには、高級料亭や高級レストランは必要ない。ハインリヒの時間を、少しだけ、ボクにくれればイイんだ。別にボク、無理を言ってるワケじゃないよね?」
 直属の上司の赤い瞳が、フイとハインリヒに走った。
「ハインリヒ。ウイスキー社長にお返事は?」
「・・・私の時間でよければ、お好きなだけ差し上げます」
「へえぇ〜。社員教育が良く出来てるねぇ」
 感心したように、イワンが呟いた。
 そして、ギュッとハインリヒの腕に抱きついて。
「それじゃ、ハインリヒをお借りするよ。あ、お供は必要ないし、車も必要ないからね!行って来ま〜すvvv」
「失礼の無いようにな」
 ボグートの声を背後に聞きながら、ハインリヒはイワンに連れられて・・・。
「これから、何処へ?」
 尋ねると、すぐさま答えが戻ってきた。
「ごくごく、普通のことをしてみたい。ね、付き合ってよv」



 (株)BGの本社ビルは、大きなオフィス街の中にある。
 ビルに囲まれた風景に、イワンは口唇を尖らせた。
「ああもう!オフィス街はもうたくさん!!楽しい所に連れて行って」
 イワンにねだられ、ハインリヒは少し雑多なイメージのある、行きつけの街にイワンを連れて行こうと思い立った。
「では、少し砕けた場所に行きましょうか?」
「うん!」
 タクシーを拾おうとすると、グイグイと腕を引かれた。
「目的地は、近いの?」
「少し距離がありますが・・・」
「電車で行けないの??」
「行けますが・・・」
「はい、電車に決定。駅はどっちなの?」
 言われるがままに駅へ連れて行くと、嬉しそうに笑う。
「電車になんか、滅多に乗らせてもらえないからね」
 通り過ぎてゆく風景にじっと目を凝らしながら。
 ポツリと呟いたその表情に、微かに哀愁が漂った。
「小さい頃から、仕事ばかりだったからね」
 本当なら、まだ遊びたい盛りだろうに、そんな事を言う。
「今日は色々と遊びましょうか?及ばずながら、私もお手伝いします」
 ハインリヒが言葉をかけると、砂色の瞳がパッと輝いた。
「うん。ありがとう・・・v」

 電車を降りて、街に出て。
 ファーストフード店に入ってみたいというイワンを、某ハンバーガーショップに連れて行った。
 年相応の表情で、楽しそうにハンバーガーにパクつくイワンの姿に、ハインリヒは思わず、頬をほころばせた。
「お口に合わないのではないですか?」
「そんなコトないよ。ちゃんと美味しいもん」
 ヒョイとポテトをつまみながらイワンは答え、そして軽く頬を膨らませた。
「あのね、ハインリヒ。敬語は禁止。キミがボクぐらいの年頃の男の子と普通に話すように話してよ。ボクからのお願いだよ」
 ほんの少し俯くようにして。
「みんなから敬語を使われて、本当にイヤになっちゃうよ・・・」
 口唇から零れた言葉に、ハインリヒはこの少年の願いをなんとしてでもかなえてやろうと思った。
「では失礼して・・・。イワン?」
 名前を呼ぶと、嬉しそうに笑う。
「うん。なあに?」
「他に行きたい所は?オレが何処にでも連れて行くぞ」
 取引先になるかも知れない会社の社長に、このような物言い、社長や課長が眉を顰める姿が目に浮かんだが。
 これが取引先の希望である、と。
 ハインリヒは強く、自分に言い聞かせた。
 ハンバーガーを頬張りながら、イワンが小首を傾げた。
「う〜ん・・・。ゲームセンターとか行ってみたいなぁ」
「食べ終わったら、行こうか。ここら辺は多いはずだから」
「はーいv」
 元気よく返事をしながら、イワンはちゅーと、ストローからコーラを飲んだ。

 二人でゲームセンターへ行き、本屋へ連れて行って、デパートでブラブラ。
 チラリと時計に視線をやり、イワンが呟いた。
「そろそろキミを帰してあげないと、皆さん心配するかな・・・」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、イワンはハインリヒを振り仰いだ。
「ね、ハインリヒ。今日のお礼に、あと一ヶ所付き合ってよv」
 そしてポケットから携帯電話を取り出し、イワンはどこぞに電話をかけ始めた。
「じゃあ行こうかv」
 グイグイと腕を引かれて、タクシーに乗せられた。
 辿り着いたのは、とある高級ホテル。
「ここはね、ウチの系列なんだ」
 ニッと笑い、イワンはハインリヒの腕を引いたまま、ホテルのロビーへと歩を進めた。
「イワンです」
 支配人らしき男がバタバタと現れた。
「これはこれは、イワン様!よくおいでくださいました・・・」
「食事を取りたいんだけど?」
「はい、ただ今・・・」
 招き入れられた一室の豪華絢爛な様に、ハインリヒはクラリと眩暈がした。
 職業柄、ホテルのスウィートルームに泊まることなどもあるが、流石にここまでの部屋は初めてだった。
「ああ、楽にしてね」
 イワンは威風堂々としており、少年ながら人の上に立つ者の威厳のようなものが感じられた。
 無邪気な少年の表情から大会社の社長の顔に戻り、イワンは笑う。
「商談は成立だよ」
 給仕が持ってきたシャンパンのグラスを互いに持ち上げて。
 触れ合わせると、ひどくキレイな音が響いた。
「あと少しだから。食事に付き合ってね、ハインリヒ・・・」
 そう言って、イワンは少し淋しげに笑った。

 食事が終わると、再びタクシーに乗せられた。
 接待に連れ出したはずなのに、何故か自分が接待されてしまったような気分になり、ハインリヒはいささか、バツが悪く感じた。
 これから戻ると社に一報を入れ。
 小さく息を吐いたハインリヒに、イワンが微笑みかける。
「今日は本当に楽しかったよ。ありがとう・・・」




 社に戻り、場所は再び応接室になる。
「ハインリヒにはもう言ったけれども・・・。商談は成立。改めて、秘書をそちらに遣りますので、どうぞよろしく」
 イワンが宣言すると、周りの面々の表情が安堵のそれに変わった。
「こちらは色々な業種を扱っておられるようだし、システム更新の他にも色々と取引をさせていただけたら、と思っています」
 イワンの視線が、ハインリヒに向けられる。
「と、いう訳で。次はテーマパークに連れて行ってね、ハインリヒ」
 次にカールを向き、イワンは不敵に笑った。
「カールには、ウチのシステム更新をお願いするよ。これからも仲良くして欲しいな。メール、待ってるからねv」
 最後に、スカールとボグートに向かって、小さな手を差し出して。
「これから、末永いお付き合いをお願いしたいと思っています」
「ありがとうございます」
 交互に握手を交わし、大物社長の訪問は終了した。
 来た時と同じく、黒塗りの車に乗って、少年社長は去っていく。
「ハインリヒ・・・。また絶対に、来るからね!!」
 開いた窓から、そう言い残して。
「ククク・・・。随分と気に入られたものだな。会長・社長とも話していたのだが、彼の今後の接待は、全てお前に任せる。しっかりと務めを果たすように」
 意地の悪い表情で上司のシュヴァルツから肩を叩かれ。
「ウイスキー社長とご一緒していると、どちらが接待されているのか分からない状態になるのですが・・・」
 答えると、彼は口唇の端を曲げる笑い方をした。
「それだけ気に入られている、という事だ。光栄に思うのだな」
 その言葉に。
(淋しそうな顔、してたよな・・・)
 脳裏にフッと、その笑顔を思い浮かべ、ハインリヒは慌てて頭を振った。
 そして、シュヴァルツに返事を戻す代わりに、どこか曖昧な表情で笑った。



  〜END〜






◆コメント◆

あんまり「接待」という感じになりませんでした・・・。
自分が書くと、カール・エッカーマンの出現率が高くてスミマセン。
念願の14を書けて楽しかったです。




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