『お題19:コミュニケーションビデオ「上司編」』
(44+2)
時刻は、お昼の少し前。
営業先から戻ってきたアルベルト・ハインリヒは、ふう、と溜息を吐きながら、書類の整理をしていた。
皆が皆営業に出ているのか、所属している営業一課の島は閑散としている。
パチリとパソコンの電源を入れ、報告書を入力しようとしていると、優雅な足取りで上司のシュヴァルツが自席に戻ってきた。
紅の瞳が、ハインリヒに向けられる。
「アルベルトか。朝早くからご苦労だったな。首尾は?」
「無事に契約を取り付けました」
「そうか。良くやったな」
頬を緩めて、上司が笑う。
「しかし、大分疲れているようだが・・・?」
揶揄を含んだ物言いに、ハインリヒの頬が薄く朱を刷いた。
「申し訳ありません」
「別に謝る必要は無い」
クククと喉を鳴らしながら、楽しげに上司は笑った。
「無事に契約を取ってきた褒美に、今日の昼食は私が連れて行ってやろう。落ち着いたら声をかけろ」
「ありがとうございます・・・」
パチパチとキーボードを叩きながら、ハインリヒは答えた。
そして・・・。
「課長。昼間からこんな場所で食事を取ってもいいのでしょうか?」
連れてこられた店に入り、ハインリヒがドギマギしながら尋ねると、上司は余裕の笑みを見せた。
そこは非常に落ち着いた雰囲気の店で、ウェイターが優雅に白いテーブルの間を縫って歩いていた。
「構わん。仕事はきっちりと捌いているし、誰にも文句は言わせんぞ」
言いながら優雅にワイングラスを傾ける上司。
「は、はあ・・・(昼間から酒はまずいのでは、課長・・・??)」
ハインリヒはどこか落ち着かず(サボっているような気がして(笑))、曖昧に相槌を打った。
しかも、財布の中身が比較的淋しい事をハッと思い出し、ハインリヒは青くなった。
けれども。
運ばれてきたランチを見て、ハインリヒの表情がパッと輝いた。
真っ白な皿の上に、きのこがたっぷりと使われたスパゲティが乗っていた。
「食べなさい」
「は、はいっ」
スパゲティをフォークに絡めてパクリと一口頬張り。
「味はどうだ?」
尋ねてくる上司に、
「美味しいです!!」
と力強く答えると、上司は満足そうに笑った。
黙々とハインリヒがスパゲティを味わっている間に、上司はウェイターを手招きして、何事かを耳打ちしていた。
やがて。
「ごちそうさまでしたv」
皿の前で手を合わせ、ハインリヒが心の底からそう言うと、悪戯っぽく上司が笑った。
「アルベルト。まさかそれで終わりなどとは思っていないだろうな?」
「え??」
当然、これで終わりだと思っていたハインリヒは、目を丸くした。
そんなハインリヒの目の前で、上司がパチリと指を鳴らすと。
「お待たせいたしました。デザートでございます」
しずしずとウェイターが持ってきた皿は、多種類のベリーをふんだんに使ったデザートだった。
思わず目をハートマークにするハインリヒ。
更に目の前に真っ白なティーカップが置かれ、同じように白いティーポットから紅茶が注がれた。
「紅茶はアッサムでございます。ミルクがお入用でしたら、お声掛け下さい」
(真昼間から、贅沢すぎる・・・!!)
ハインリヒの思いを余所に、上司は落ち着いた仕草でティーカップを褐色の手に取った。
「さして薫り高いという訳でもないが、私は紅茶はアッサムを好むのでな。存在感のある、まろやかな味がいい」
それから上司は、ハインリヒを見つめながらクスリと笑った。
「どうした、アルベルト?食べないのか??」
ブルブルと首を横に振って、ハインリヒはスプーンを手に取った。
皿の上に鎮座ましますデザートは見た目も美しく、食べてしまうのが勿体無いような気がしたが。
ハインリヒは恐る恐る、そのデザートにスプーンを入れた。
口の中にほんわりと広がっていくそのスウィートな味は、まさに幸せの味だった。
「課長!!」
「・・・何だ?」
「すっごく美味しいですvvv」
クスクスと上司は笑い、紅い瞳を細めて、ハインリヒがデザートを頬張る姿を見守っていた。
デザートを食べ終えた後、紅茶を楽しみ。
のんびりとした時間が過ぎて、上司がおもむろに立ち上がった。
「そろそろ、戻るとするか。午後からも頑張りなさい」
「はいっ!!」
店を出た二人は、街の雑踏を通り抜けて自社ビルへと戻っていった・・・。
「っていうビデオを、新入職員研修で見せて貰ったんですよね〜」
しみじみと呟くジェットに、シュヴァルツはニヤリと笑った。
「・・・表バージョンか・・・」
「は?課長、何か言いました??」
「何でもない。で、お前はその話を私にして、一体どうしようというのだ?」
キラキラと瞳を輝かせて、ジェットがシュヴァルツを見つめた。
「課長!オレ今日、バッチリ契約を取ってきました。可愛い部下に、ご褒美はないんスか!?」
期待に満ちたその眼差し。
「フン」
シュヴァルツは、鼻先で笑った。
「よかろう。付いて来い」
「やったぁ!!」
数十分後・・・。
「課長!!」
「何だ?」
「ここって・・・」
「言わずと知れた、吉○家だ」
ガックリと肩を落とすジェットに、シュヴァルツはサワヤカな笑顔と共に言った。
「さあ、リンクよ。つゆだくでも大盛りでも、卵付きでも、何でも好きに注文するといい」
「依怙贔屓だ〜!!!」
そう訴えたが、上司はそんなジェットを切り捨てた。
「若造が何を言うか。そんな御託はもっと社会人として大成してからのたまうのだな。私がビシビシ鍛えてやるぞ」
ニヤリと不敵に笑う上司。
そんな上司に、ジェットが敵うわけがなかった。
「くっそぉ〜!課長!いつかギャフンと言わせますからね!!」
「期待せずに待つとしようか」
笑いながら言う上司に膨れながら。
「オヤジ!牛丼大盛りのつゆだくの卵付きで!!」
「へい、まいど!」
しばらくの後、ジェットは隣で優雅に牛丼を食べている上司に視線を走らせた。
こんな店でも優雅な上司が、いっそ恨めしい。
(いつか絶対に、ビッグになってやる・・・!!)
固く心に誓いながら、ジェットは牛丼をパクつくのだった。
〜END〜
◆コメント◆
部下二人と仲良しな黒4課長。
ジェットがハインさんのようなお店に連れて行ってもらえるのは、
いつの日のことやら・・・。
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