『お題26:幸せなひととき』
(44)

**「黒4課長が大好きなハインさん」が苦手な方はお読みにならないで下さい**




 その日・・・。
 アルベルト・ハインリヒは、プレゼン資料の作成に悩んでいた。
 数日後に営業に赴く会社は、上手く行けば大口の取引先になるはずだった。
 ハインリヒがプレゼンの資料を作成し、それをシュヴァルツがチェックする。
 資料のチェックに、シュヴァルツはかなり熱を入れていた。
 手直しすべき点を幾つか指摘され、ハインリヒは資料の直し方で頭を悩ませる。
『前提知識がない者にも分かる資料を作成するように』
 なまじ自分が商品に対する知識があるため、『ここは分かっていて当然』という部分が頭の中にあるらしく、シュヴァルツからはそこを指摘された。
「お客様に分かりやすい資料作成も難しいもんだな・・・」
 頭の中が混乱しそうになり、ハインリヒは大きく息を吐いた。

「アルベルト」
 頭上から声が降ってきて、ハインリヒはハッと、声の主を振り仰いだ。
「課長!!」
「大分煮詰まっているようだな。そんな頭では、何を考えても上手く行かんぞ。私はこれから外出する。頭を冷やす意味で、付いて来い」
 ヒラリと華麗に身を翻し、シュヴァルツはカツカツと歩いていく。
「はっ、はい!」
 ガタリと音を立てながら、ハインリヒは椅子から立ち上がり。
 慌てて自分のカバンを手に取り、シュヴァルツの後に続いた。



 行く先も告げられぬままに地下鉄を乗り継ぎ、とある駅に辿り着く。
「課長、どちらに・・・?」
「お前は黙って私に付いてくれば良いのだ」
 駅の改札を抜け、シュヴァルツはやはり、颯爽と歩を進める。
 ハインリヒは早足でその後を追いかけた。
 そして・・・とある建物の前で、シュヴァルツの足が止まった。
「付いたぞ、アルベルト」
「え・・・?」
 一瞬、ハインリヒは思考が止まりかけた。
『夏摘みダージリン&台湾春茶試飲会』
 という看板が、思いっきり目に飛び込んできたからだ。
 営業の供として連れてこられたと思っていたのだが、今日の営業先はこの茶屋なのだろうか・・・?
「何を呆けている。行くぞ」
「あ・・・はいっ!!」
 シュヴァルツはごくごく当たり前といった風に、試飲会の人波の中に入っていく。
「・・・課長?」
 問いかけるようにして呼ぶと、ニヤリと口唇の端を曲げて笑った。
「今日は営業が目的ではなく、試飲会が目的だ。お前も、茶が好きだろう?息抜きには丁度イイと思ってな」
 その言葉に、ハインリヒはパッと表情を輝かせた。
「はい!ありがとうございます!!」
 グルリと辺りを見回すと、男性客もかなり多い。
 そのことにハインリヒは安堵し、イソイソとダージリンの試飲の列に並んだ。

 ハインリヒは、ダージリンは春摘みを好んでいる。
 今年の春のシンブーリは絶品だった・・・v
 と、春先に思いを寄せ、ハインリヒはうっとりとお茶の味を思い出した。
 実は、夏摘みと意識してダージリンを飲むのは初めてである。
 ドキドキしながら、ハインリヒはお茶の入った茶杯を受け取った。
 香りは、春摘みのフレッシュさとは異なり、かなり濃厚な感じだ。
 濃い琥珀の液体を口に含み、ハインリヒは複雑そうな顔になる。
 思っていたより・・・。
「少し、苦味がキツイですね・・・」
 小声で話しかけると、茶杯を店員の手に戻しながらシュヴァルツが答えた。
「そうだな・・・。渋みと豊潤な味わいが、夏摘みダージリンの真骨頂だから、多少の渋さは仕方あるまい・・・」
 そう言ったシュヴァルツの表情も少し渋かったので、ハインリヒはクスリと笑った。
 一通りダージリンを味わうと、口の中がその味でいっぱいになった。
「私は、春摘みの方が好みですね。課長は・・・?」
「・・・私もそうだな。一番の好みはアッサムだが・・・まだシーズンには少し早い」
 二人の目線が泳ぎ、水出しアイスティーのコーナーで止まった。
「課長、あちらでアイスティーをいただきましょう」
「そうするか」
 おもむろに二人はアイスティーのコーナーに足を向けた。

 ダージリンはアイスで飲んでもやっぱり濃厚だったが、台湾春茶のアイスは非常に美味だった。
 三種類のアイスティーを交互に飲み、シュヴァルツは指を顎に当てて呟いた。
「ふむ・・・。私は四季春が一番好みだな」
「私は翠玉が。非常に香りが良いので・・・」
 美味なお茶をアイスで味わい、台湾春茶の試飲への期待が否応無しに高まる。
 ハインリヒはイソイソと台湾茶の列に突入した。
 店員が手際よく、次々に茶杯を手渡してくる。
「課長っ!すごく美味しいです!!」
 ハインリヒの瞳がキラキラと輝く。
 そんなハインリヒの様子に、シュヴァルツはフ・・・と笑った。
「そうか・・・」
「美味しいお茶をたくさん味わうことが出来て・・・オレは幸せです!」
「どの茶を一番気に入った?」
「うーん。どれもこれも非常に美味しかったのですが・・・。やっぱり、梨山烏龍と東方美人かと。梅山の特級も美味しかったですね」
「私もそんなところか。さて、そろそろ行くぞ。堪能したか?」
「はい。課長、本当にありがとうございます。大変幸せな時間を過ごさせていただきました・・・!」

 店を出ると、シュヴァルツはカバンから携帯を取り出し、どこかに電話をかけた。
「リンクか?私とアルベルトは今日は直帰だ。お前は明日の午後、得意先に出掛ける予定だったな。明日の朝一で、私にその際の資料を提示できるようにしておけ。ではな」
 言うだけ言った後、プツリと電話を切り。
「今日はまだ終わりではないぞ、アルベルト。最後まで私に付き合ってもらおうか」
「は・・・はい・・・?」
 ニッと、シュヴァルツは笑った。
「私のマンションに、お前の好きなシンブーリが置いてあるのでな。私はお前のために、最高の茶を淹れてやることができるが・・・どうだ?」
「課長・・・」
「ティータイムを楽しんだ後は、私が料理の腕を揮ってやっても構わんぞ?」
 思いがけないシュヴァルツの優しさに、ハインリヒはジーンとした。
「課長がよろしいのなら、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
 シュヴァルツは、ひどく魅惑的に笑った。
「勿論だ。存分に甘えるがいい。お前は私の可愛い部下なのだからな」
 長い夏の日が、落ちようとしていた。
 赤い夕陽にシュヴァルツの銀の髪が映え、紅の瞳を柔らかく彩った。
「では行くぞ」
 一歩前を歩くシュヴァルツの背中に、ハインリヒは声に出さずに囁きかけた。

 オレは課長を・・・心から尊敬しています・・・。むしろ、大好きです・・・!

 力強くそう思いながら。
 ハインリヒは幸せに笑い、シュヴァルツの後を付いて歩いた。



  〜END〜






◆コメント◆

実話を元に、黒4課長&ハインさんで。
ラブラブ(?)な二人でスミマセン(汗)。
たまには、黒4課長が大好きなハインさん、
なんていうのも、よろしいかと・・・・!!




↓ふみふみのサイトはこちら↓






ブラウザを閉じてお戻りください