『お題27:出会い』
(84)
「ああ、アルベルト。丁度いいところに。情報システム部に要望書を届けて欲しいのだが・・・?」
上司のシュヴァルツから命じられ、ハインリヒはシステム部へと続く廊下を小走りに進んでいた。
廊下の角を曲がろうとした時、人の影が目に入ったが。
慌ててブレーキをかける間もなく、
「うわっ!?」
その人影とものの見事に衝突し、ハインリヒは冷たい床の上に尻餅をついた。
「大丈夫ですか?」
涼しげな声が、頭上から降ってきて、スッと手を差し伸べられた。
「ありがとうございます。急いでいたもので、申し訳ない・・・」
言いながらその手を取ると、その人物は、ヒョイとハインリヒを引き起こしてくれた。
「このフロアは、曲がり角が多いから気をつけてください」
「・・・恐縮です」
完全に立ち上がったタイミングで、落とした書類を手渡された。
「重ね重ね、ありがとうございます」
礼を言いながらその人を見て、ハインリヒはドキリとした。
その人の瞳には、知的な光と優しさが同居しており、ハインリヒの周りにいる男たちとは、全くイメージが違って見えた。
社長のボグートには圧倒的なカリスマを感じる。
上司のシュヴァルツには、力強さと存在感が。
そして新人のジェットは、元気とやる気に溢れている。
他の周りの面々と比べてみても、彼はどこかが違うように思えた。
どこか、と訊ねられると、確たる答えは出ないだろうが・・・。
「本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げると、彼はハインリヒに視線を充て、瞳を細めた。
「社長さんの側にいる姿をよくお見かけします。きっと、忙しいんでしょうね。お気になさらず」
「しかし・・・」
急いでいたはずなのに、彼ともう少し話をしていたい自分の心に気付き、ハインリヒは戸惑いを覚えた。
「システム部に行く所だったのではないですか?」
尋ねられ、ハインリヒはハッと我に返った。
「あのっ・・・!」
「はい?」
もっと、色々なことを話したいと思う。
「今度、ぶつかってしまったお詫びをさせてください・・・!」
彼の、黒い瞳が、丸くなった。
「本当に、気にしないで・・・」
「こちらの気が収まらなくて」
畳み掛けるように言うと、彼は笑った。
「それでは、お言葉に甘えようかな・・・」
「オレはアルベルト・ハインリヒと言います。貴方は?」
「ボクはピュンマ。システム部の常駐SEで、この会社の人間ではないんですよ」
「ああ、そうなんですか・・・」
そのまま一緒に、情報システム部への道のりを歩いた。
他愛のない話をしながらだったが、それはハインリヒにとって、楽しい時間だった。
システム部に着いた時、ハインリヒはひどくガッカリしている自分に驚いた。
「今日は本当に申し訳ありませんでした。またこちらから、連絡させていただきますので・・・」
「偶然とはいえ、ボクも貴方と話せて楽しかったですから・・・。それじゃあ」
軽くハインリヒに手を振って、ピュンマは自席に戻っていった。
その背中を見送ってから、ハインリヒは要望書の届け先である、システム企画課へと向かった。
「営業第一部のシュヴァルツ課長から預かってきました。よろしくお願いします」
ニッコリと微笑むその表情は、まるで光り輝くようで。
企画課長のカールの青白い頬に、薄っすらと血が上った。
「・・・確かに・・・」
「それでは、失礼します」
極上の笑顔で企画課長に背を向け、ハインリヒは営業部に戻る。
ハインリヒがシステム部を出る時に、ピュンマの姿が目に入った。
ペコリ、とお辞儀をしてみせると、ハインリヒに気付いたピュンマが、ニコリと微笑んだ。
優しい笑みに、気持ちが弾む。
「シュヴァルツ課長に感謝しないといけないな・・・」
などと独り言を呟きながら、ハインリヒはゆっくりと歩いた。
優しい笑顔を思い出して。
胸が、ドキドキする。
この気持ちは、きっと・・・?
〜END〜
◆コメント◆
今時、こんな出会いなんてないよ!!
と、多くの方が思われるのでしょうね・・・。
でも私は、よく廊下の曲がり角で人にぶつかりそうになります。
そんな体験を交えて、84でございました。
書き逃げ気分満載なので、続きません。
スミマセン。
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