『ホワイトデー』
(24?)
*バレンタインデーの続きです*






 3月14日・・・。
 アルベルト・ハインリヒ(30)は、心から思っていた。
(今日は会社に行きたくない・・・!!)
 先日のバレンタインデーに、上司や同僚、後輩に強要(?)され、バレンタインデーのチョコをキッチリと手渡した。
 今日は、ホワイトデーである。
 『お返し』の名を借り、どんな無体なブツを貰ってしまうのかと想像するだけでも、憂鬱になるというものだ。
 特に、上司二人は、てぐすね引いてハインリヒには想像もつかないような(若しくは想像もしたくないような)『何か』を準備しているに違いない。
「はあ・・・」
 ハインリヒは深く溜め息をついた。
 そして、何としても今日という日を生き延びようと、固く心に誓った。


■営業部■

「おはようございます・・・」
 弱々しく挨拶をしながら執務室に足を踏み入れる。
「ハインリヒさ〜ん!!」
「ハインリヒ!」
 営業部の男連中がワラワラとハインリヒの周りに群がった。
「ホワイトデーのお返しだ」
「一生懸命、選んできました!!」
 何本もの手が、見るからに高級そうな包みを手渡してくる。
 余裕で5倍返しぐらいはありそうだ。
「はあ・・・。お気遣いいただいて・・・」
 やはり弱々しく彼らからの貢物を受け取る(というか、受け取らされる)と、ハインリヒの執務机はもう、大変な状態になった。
(どうしてこうなるんだ〜!?)
 心の中で頭を抱えていると。
「おっはよ〜vハインリヒvvv」
 ハインリヒの頭痛を更に激しくしてくれる声が、耳に届いた。
「・・・ジョー」
「ふふふv今日はホワイトデーだねvvvハインリヒからのチョコレート、愛がた〜っぷり詰まってて、すっごく美味しかったよ♪」
 ニッコリと、天使の微笑み。
 しかし、ハインリヒは思った。
(神様!どうかオレをお助けください・・・!!)
「と、いうワケで!!ボクからハインリヒへの愛のお返しはこちらでぇ〜っす!!」
 サッと、ジョーが指差した先には。
 一体の、マネキン。
 それが身に纏っているのは・・・ウェディングドレスだった。
 ハインリヒは、自分に幻覚が見えているのだと思いたかった。
「ジョー」
「ん?なあに??」
「オレには、幻覚が見えているようでな。あのマネキンが着ている服が、ドレスに見えるんだが・・・?」
「幻覚なんかじゃないよv桂○美に特別に注文して頼んだウェディングドレスさ!!」
「オレに、それを一体どうしろと・・・?」
「え?ジェットとの結婚式で着たらいいじゃない??」
「はあ!?」
 ハインリヒが思わず、疑問付つきの叫びを漏らすと。
 耳元に、フッと、ジョーが息を吹きかけてきた。
「それとも・・・。今すぐに、このドレスを着て、ボクと結婚する?」
「こっ、断るっ!!」
「じゃあ、受け取ってくれるよね〜v」
 なにが「じゃあ」なのかは分からなかったが、これを受け取らないと大変なことになりそうだった。
「・・・ありがとう、ジョー。・・・・・・・・・・・・・嬉しいよ
 ジョーの表情が、パッと明るくなる。
「そうでしょ、そうでしょv『嬉しい』よねぇ〜。うふふふふ〜v」
 優しく、ジョーの手の平がハインリヒの肩を叩いた。
「それじゃ、今日も一日頑張ろうね〜♪」
 自席に戻るジョー。
 ホッと安心する間もなく。
「アルベルト」
 名前を呼ばれ、ハインリヒはビクリと肩を震わせた。
「おはよう」
 笑いを含んだ声。
(かっ、神様〜〜!!!)
 ハインリヒは再び、神に祈りを捧げた。
「アルベルト、社長がお呼びだ。社長室に行きなさい」
「は、はい・・・」
 上司からは取り敢えず逃れることに成功(?)したが。
(社長室に行けとは・・・。神様〜!!!!)
 ハインリヒは三度、神に祈った。



■社長室■

「社長、お呼びですか?」
 社長室に辿り着き、ハインリヒは弱々しく社長のボグートの前で挨拶をした。
「朝の忙しい時に呼び寄せて悪かったな、ハインリヒ」
 ニヤニヤと笑うボグートに、ハインリヒは不吉な予感をひしひしと感じた。
「先日のバレンタインの礼に、お前に渡したいものがあってな・・・」
 パチン。
 ボグートが指を鳴らすと。
 ススッと、どこからか秘書が現れ。
 ボグートの背後に置いてある巨大な物体に掛けてあった布を、取り払った。
「・・・!!!」
 ハインリヒの目が、点になった。
 布の中から現れたのは。
 ガラス張りのケースに収められている、飴細工の等身大ボグート(しかも、裸身)だった。
「ハッハッハ。お前のために金沢の飴工房に特注したものだ。どうだ?ん??」
「は、はあ・・・。素晴らしい出来ですね・・・・」
 そう答える以外に、ハインリヒに何が出来ただろうか?
 パチン。
 再びボグートが指を鳴らすと。
 秘書がサッと、ガラスケースの正面を取り外した。
「舐めなさい」
「は!?」
「聞こえなかったか?舐めろと命じたのだ」
 秘書もいる、こんな場で。
「社長、冗談・・・」
 ですよね?、と続けようとした言葉は、喉の奥に戻っていった。
 ボグートの目付きは、本気と書いて「マジ」だった。
 観念して、ハインリヒは等身大ボグートキャンディーに近付いた。
 秘書がキラキラと瞳を輝かせながら、自分を見ている視線が痛い。
 少し背伸びをして。
 チロリと舌を出し。
 ハインリヒはボグートキャンディーの頬の辺りをペロリと舐め上げた。
 社長の満足がいくような表情を作って。
「よし」
 耳に届いたボグートの声に、ハインリヒはホッとした。
「頬というのが少し気に入らんが、まあよかろう。営業部に戻れ」
「は・・・」
「これは、後ほどお前のマンションに届けさせる。大切にしなさい」
「・・・ありがとうございます・・・」
 ハインリヒは逃げるようにして、社長室から退出した。



■再び営業部■

「ただいま戻りました・・・」
 呟くように挨拶をして、自席についた。
 上司の紅い瞳が自分を凝視しているのが分かったが、気付かない振りをした。
 しかし。
「アルベルト?」
 名前を呼ばれ、渋々と上司に顔を向けると。
 これまた気味悪いぐらいに満面に笑みを浮かべた上司の顔を、見ざるを得なくなった。
「・・・何でしょう?」
「先日は、お前からチョコレートを貰ったのでな。つまらんモノだが、お返しを準備した。受け取りなさい」
 有無を言わさぬ上司の口調。
 差し出された包みを受け取る以外の選択肢はない事を、ハインリヒはいい加減に分かっていた。
(抵抗すれば、更に玩具にされて弄られるだけだ・・・!!)
 悲壮な思いで、ハインリヒは上司からのお返しを受け取った。
「あ、ありがとうございます・・・」
「開けてみなさい」
「はあ・・・」
 ガサガサと包みを開けたハインリヒの目が、社長室に続いて点になった。
「課長・・・。これは、何かの冗談ですか・・・?」
 中から出てきたのは、真珠を繋ぎ合わせて作られた下着だった。
 ご丁寧に、ブラジャーまで入っている。
「冗談?この私が、冗談など言うと思うのか、お前は?」
 ギロリと、紅い瞳がハインリヒを一瞥した。
「お前のために、天然本真珠で作らせた。これを使って、今後も営業活動に励め。イイな?」
「・・・・・・」
「何か不満か?気に入らないのなら、今すぐそれを装着して、この私と一戦交えてもらうが??そうすれば、その下着の効果がいかほどのものか、お前にも理解できるだろうからな」
「かっ、課長!結構な品をありがとうございました!!ものすご〜〜〜く嬉しいです・・・(涙)!!」
(もう、イヤだ〜!!!)
 涙目になりながら。
「それでは、業務に戻らせていただきます!」
 ハインリヒは礼を言う事で、上司との会話を強制終了させた。

 深い深い溜め息をつきながら。
 今度こそ落ち着いて仕事が出来るよう願いつつ、ハインリヒは椅子に腰をかけた。
「そろそろ時間か・・・」
 呟きながら、上司が席を立った。
「部長に付いて、外に出る。戻りは午後になるので、決裁が必要な書類をまとめて置くように」
「分かりました。行ってらっしゃいませ」
 上司の後姿を見送りながら。
(これで落ち着いて仕事ができる・・・!)
 ハインリヒの表情が、ヨロコビで輝いた。
 仕事に戻ろうと、パソコンの画面に目を移す。
 メールの受信を知らせるダイアログボックスが点滅していることに気付いた。
(怪しいメールか!?)
 本日、疑心暗鬼になっているハインリヒは、警戒しながら受信ボックスを開く。
 届いていたのは、ジェットからのメールだった。
(隣の席なんだから、直接言えばいいのに・・・)
 思いながら、メールを開いた。

『ハインリヒ、朝からお疲れ様。
 今日の夜って、暇??
 バレンタインのチョコのお返しって言うとアレだけど、
 一緒に食事に行かねえ?
 デザートにケーキもつけるぜ!!』

 クスリ、と、ハインリヒは笑った。
 それは本日初めての、嬉しさから出た笑顔だった。

『了解した。20時に、○○ビルの前で待ち合わせでどうだ?』

 ハインリヒはキーを打つ手も軽く、ジェットに返信した。



■最後の贈り物■

 定時で業務が終わるわけもなく。
 本日やるべき処理を片付けると、時計の針は19時45分をさしていた。
(待ち合わせの時間には間に合ったな・・・)
 隣の席に、既にジェットの姿はない。
 パソコンの電源を落とし、ハインリヒは席を立って上着を手に取った。
 結局、ラッキーなことに、などと言えば殺されそうだが、上司からは本日戻れず、との連絡が入った。
 出先での取引が、難航したらしい。
(課長にしては珍しい・・・)
 ハインリヒは思ったが、上司は不機嫌そうな口調で戻れないと告げながら、それでもその理由は述べなかった。
 いささか気がかりではあったが(普段いいように遊ばれていのに、律儀な部下っぷりである)。
(まあ、いいか。今日は上司のことは忘れるぞ〜!!)
 ハインリヒは上司への心配をさっぱりと振り払い、待ち合わせの場所へと向かった。

「あ、ハインリヒ、こっちこっち!」
 ジェットが軽く、手を振ってみせる。
「待ったか?」
「全然。さ、行こうぜ」
 手を、当然のように取られて。
 二人だけで歩く、夜の街。
 なんだか子供のようにドキドキとして。
 ハインリヒは一人、そっと俯いた。

 食事は、なかなかムードのいい店で。
「お前、良くこんな店を知っていたな?」
「受付嬢のフランに教えてもらったんだ」
「そうか。確かに、彼女なら詳しそうだな」
「こういう店、結構好きだろ?ハインリヒに喜んで欲しくてさ・・・」
 真面目な顔で、そう言われて。
 頬が熱くなったような気がしたのは、ワインの酔いの所為だけではないだろう。
 目の前で穏やかに笑うジェットを、ハインリヒはじっと見つめた。
「ん?何??」
 優しい琥珀色の瞳が、ハインリヒを覗き込む。
「なっ、何でもない・・・」
 俯き、食事を続けた。

 デザートのケーキは、ジェットの分まで綺麗に平らげた。
 紅茶も上品な味と香りで、ハインリヒは大満足だった。
「どう?喜んでもらえた??」
 少しだけ心配そうな顔で尋ねてきたジェットに、笑顔で答えを返す。
「最高だった。・・・ありがとう」
「実はさ。もう一つ、お返しがあるんだけど?」
「何だ?」
 ニッと、ジェットが笑う。
 琥珀色の瞳が悪戯っぽく輝き、ひどく魅力的な表情になる。
「このオレを。お持ち帰りで、どう??」
 それから、ひどく大人っぽくその表情を変化させて。
「キミをめちゃくちゃに気持ちヨくしてあげる、っていうオプション付きだけど・・・。こっちもきっと、キミに『最高』って言ってもらえると思うな」
 テーブルの上に置いていた手に、ジェットの手が重なった。
「返事は・・・?」
 瞳が、ハインリヒの好きな色で揺れる。
「・・・・・・」
(ああもう、そんな目で見やがって・・・!!)
「ハインリヒ」
 ひどく、優しい声で名前を呼ばれる。
「お前がどうしても、って言うなら・・・持ち帰ってやってもイイぞ」
「キミが望むなら、キレイにリボンもかけてやるけど?」
「・・・好きにしろ・・・」
 小さな声で答えると。
 その言葉に笑んだジェットの表情が、眩しく感じられて。
 ハインリヒは照れを隠すようにして、冷めかけた紅茶のカップに手を伸ばした。



  〜END〜






◆コメント◆

一応、バレンタインの続きです。
なので、今回もラストはジェットと一緒v
オプションつきのお持ち帰りの品とハインさんとの一夜は、
皆様の心の中で・・・!!
島村さん&黒4課長からのお返しの品については、
田中一さんからアイディアを頂戴しましたvvv




↓ふみふみのサイトはこちら↓






ブラウザを閉じてお戻りください