『バレンタインデーキッス』
(24?)
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2月14日・・・。
男なら誰でもドキドキ☆のその日。
アルベルト・ハインリヒ(30)は、大きな紙袋を抱えて出勤した。
紙袋の中身は、全てチョコレートである。
(何で男のオレが・・・)
ハッキリ言う。
このチョコレートを買うために、ハインリヒはデパートのお菓子売り場を若い女性のパワーに蹴倒されそうになりながら、徘徊したのだ・・・!!
(それもこれも・・・)
ちょうど一週間ほど前、紅い瞳の上司が、ニヤニヤと笑いながら言ったのだ。
「そう言えば、もうすぐバレンタインだな・・・」
上司の瞳が自分を向いて。
ハインリヒは不吉な予感をひしひしと感じた。
「社長付ともあろうお前が、よもや社長へのチョコレートを準備していないとは言わせんぞ?」
もちろん、そんなモノは準備していなかった。
ハインリヒはサーっと蒼褪めた。
「課長・・・。私は男なのですが、社長にチョコを差し上げないといけないのですか?」
「当然!何のための社長付だ?教えておいてやるが、社長はマルコリーニやゴディバ等、高級チョコしか口にされんぞ。この私も、それなりのモノでないと口に合わんからそのつもりでな」
真顔でそう言われ、ハインリヒはガクリと肩を落とした。
しかも、今の上司の台詞には、聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「って、課長!私は課長にもチョコを差し上げないといけないのですか!?」
「・・・何を今更のように。当然だろうが」
いけしゃあしゃあと言ってのけるシュヴァルツに、ハインリヒは更に脱力した。
「あ、ボクもハインリヒのチョコが欲しい〜!!」
隣の課のジョーが、ひょっこりと顔を出し、無邪気に叫んだ。
「ボクのも美味しいのをお願いvvv」
「ジョー!お前なら、オレなんかに貰わなくたって、女性社員から死ぬほど貰えるだろう?な??」
子供に言い聞かせるようにしてジョーの説得に入ったが。
「え?女性社員から100個チョコを貰ったって、ハインリヒからのチョコレート1個に敵うわけないじゃない?」
ニッコリと無敵に微笑むジョー。
「と、言うわけで。ヨロシクね〜。なんだか俄然、ヤル気が出てきたなぁvボク、これから営業行って来ま〜す!!!」
チョコレート頂戴オーラを振り撒きつつ、イソイソと営業に出て行ったジョーを見送りながら。
(オレはヤル気が失せたぞ・・・)
「ククク・・・。大人気だな、アルベルト?」
愉快そうに笑う上司に、ハインリヒは食って掛かった。
「アンタが余計な事を言うからっ!!」
「・・・別に教えなくても良かったのだが、社長にチョコを差し上げないと、後が更に怖いと思わんか・・・?」
「・・・・・・・・・。課長、教えていただき、ありがとうございました・・・」
「なかなか素直でイイことだな。仕事に戻れ」
「・・・はい・・・」
上司との疲れる会話を終了させ、ハインリヒは自席に着いた。
そして、何かを感じた。
・・・隣の席からの熱視線だ。
恐る恐る隣の後輩に視線を向けると。
「・・・ハインリヒ」
「な、なんだ?じゃなくて、会社ではさんを付けて呼べと教えたろう?」
「チョコ」
「はあ?」
「オレにも、チョコくれよ。キミのチョコが食べたい」
ハインリヒは、本当に泣きたくなった。
この会社の男達は、一体、何なのだ?
男の自分からチョコレートが欲しいなど、常軌を逸している・・・!!
上司にナイショで付き合っているとはいえ、ジェットまでチョコを欲しがるとは・・・。
ハインリヒは、自棄になって答えた。
「分かった・・・!分かったから!!お前にもチョコを買ってきてやる。だからもう、くだらんことを言わず、真面目に仕事をしろ、頼むから・・・!!」
「やった〜!!シュヴァルツ課長、オレ、営業に出てきま〜す!!!」
ジェットは鉄砲玉のように、自席から飛び出して行った。
「・・・しっかりな、リンク」
背中に羽根が生えたように軽やかに出掛けた部下を見送って、上司がハインリヒに視線を走らせたのが分かる。
「フ・・・」
その口唇から漏れた笑いに、ハインリヒは非常に憂鬱な気持ちになった。
そんなこんなで、他の男性社員からも何故かチョコを予約され、この良き日(?)にチョコレートの入った袋を持って歩く始末になってしまったのであった。
女性職員からの好奇の視線が痛い・・・。
ハインリヒは取り急ぎ、社長室へと向かった。
■社長室■
「社長!おはようございます!!」
何処となく自暴自棄な様子で、ハインリヒは社長のボグートに朝の挨拶をした。
「ハインリヒか、おはよう・・・」
鷹揚に挨拶を返し、ボグートは椅子を回転させてハインリヒに顔を向けた。
「もう既に、秘書の方から山程いただいていらっしゃるとは思いますが・・・」
言いながら、ハインリヒはボグートにチョコの袋を差し出した。
ハインリヒなりに、気合を入れて選んできた一品である。
女性たちに紛れて長い列に並び、エ○ァンのチョコをゲットしてきたのだ・・・!
(文句は言わせんぞ・・・!!)
ハインリヒは緊張しながら、ボグートの言葉を待った。
「ほう、なかなか良い趣味をしているな」
ニヤリと笑い、ボグートは続けた。
「シュヴァルツからアドバイスでも貰ったか?」
「う・・・」
図星である。
「気が利く社長付で喜ばしい限りだな。こっちに来なさい」
側に行ったら最後、大変なことになるのは目に見えていた。
ハインリヒはニッコリと、営業用のスマイルを作った。
「社長、申し訳ありません。今朝はシュヴァルツ課長に呼ばれておりますので・・・。これは、社長もご了承済みだと思いますが?」
「・・・ああ・・・。そうだったか・・・」
「それでは、失礼致します」
残念そうなボグートに慇懃に一礼して、ハインリヒは素早く社長室を退室した。
■営業部■
「おはようございます」
自席について、パソコンの電源を入れる。
上司がまだ来ていないことに、ハインリヒはホッとした。
が。
「ハイ〜ンリヒ〜vvv」
語尾にハートマークを飛ばしながら、ジョーの登場である。
「ねえねえ、今日は何の日??」
「アンハッピーバレンタイン」
嫌味ったらしく言いながら、ハインリヒはジョーにチョコを手渡した。
ジョーにはレオ○ダスのチョコを準備した。
(なんだかんだ言って、非常にチョコ選びにこだわっているハインリヒであった)
「うわ〜v嬉しいなぁvvv」
激しく、語尾にハートマークが飛び交う。
脱力しながら、ハインリヒは他に予約があった営業部の男性陣にチョコを配りまくった。
こちらは、完全な義理チョコである。
(大体、営業部に女性社員がいないのが悪いんだ・・・!!)
ハインリヒは、我が社の人事を呪った。
おざなりにチョコを配り歩いていると。
「アルベルト。おはよう」
女性ならきっと、その低い声を聞くと背中がゾクソクするに違いない。
けれども、ハインリヒにとっては、不吉な声だった(今日は特に)。
「課長、おはようございます」
そして、素早くチョコの袋を差し出す。
シュヴァルツには無難に、ゴ○ィバチョコを選んだ。
しかも、ちゃーんと、ハート型の入れ物に入っているヤツを。
「きちんと覚えていたのだな」
袋を受け取りながら、シュヴァルツが呟いた。
(オレがこんなにチョコを準備しなければならなくなったのは、全てアンタの所為なんです・・・!!)
言いたかったが、後の反撃が怖いので言えなかった。
「ゴデ○バか・・・。悪くないな」
紅い瞳が細くなり、ハインリヒはホッと息を吐いた。
「社長の所には?」
「朝一番にお持ちしました・・・!」
「良い心掛けだ」
シュヴァルツにチョコを渡すと、大きな紙袋の中に残っているチョコは一つだけになった。
それは・・・。
「課長、今日はジェットは?」
「リンクは、朝から営業に出ると言っていた。戻りは夕方のようだが?」
「そうですか・・・」
ハインリヒは、肩透かしを食らったような気持ちになった。
(あんなにチョコが欲しいと言っていたのに、当日にいないなんて・・・。何なんだ、アイツは・・・!!)
いささか乱暴に、余ったチョコを机の引き出しに押し込み、ハインリヒは本日の執務を開始した。
■ジェットと■
ジェットが帰ってきたのは、夕方遅くなってからだった。
「課長、ただ今帰りました!」
「ご苦労だったな。首尾はどうだった?」
「バッチリっす。明日にでも報告書を提出しますので」
鼻歌交じりに、ジェットが自席に着く。
ハインリヒは机の引き出しの中のチョコを思った。
(どのタイミングで渡そうか・・・?)
実は、ジェットのチョコを選ぶのに一番迷った。
結局ヘ○ティにしたのだが。
赤いハート型の入れ物に入っていて、中のチョコもハート型のが入っていて、そしてジェットの口に合いそうなものを、と思って選んだのだ。
ハインリヒは、チラリとジェットに視線を走らせた。
ジェットが背広を脱ぎ、椅子の背にかけた。
嗅ぎ慣れない香水の匂いが、ハインリヒの鼻先に漂う。
(え・・・?)
ハインリヒは、ほんの少しだけ蒼褪めた。
「顔色悪いぜ?大丈夫か・・・?」
ジェットに声をかけられ、ハインリヒはハッと我に返った。
「・・・何ともない、大丈夫だ・・・」
ジェットの背広に染み付いた女物の香水の匂い。
それが何を意味しているのか・・・。
考えたくもないと思った。
頭がガンガンして、胸が苦しくなり。
ハインリヒは、パソコンの電源を落とし、ガタリと音を立てながら立ち上がった。
ジェットに見られないように、チョコを鞄に仕舞い込んで。
「気分が優れないので、帰らせてください・・・」
上司が自分に視線を走らせるのが分かる。
「顔色が悪いな・・・。一人で帰れるか?私が送ってやりたいのは山々だが・・・生憎、これから社長に呼ばれていてな」
スーッと。
上司の視線が、ジェットに流れた。
「リンク。途中で倒れられれでもしたら困る。お前が送ってやりなさい」
「あ、分かりました・・・」
パソコンの電源を落とし、ジェットも立ち上がる。
ジェットは脱いだばかりの背広を手に取り、羽織った。
(・・・まただ・・・)
キツイ香りに、ますます気分が悪くなった。
「大丈夫かよ、ハインリヒ?抱えて行こうか?」
「・・・いい。自分で歩ける・・・」
「だって・・・」
(お前の所為だ・・・!)
ハインリヒは涙目で、ジェットを見上げた。
「熱もありそうだな・・・。正面玄関で待ってて。タクシー呼ぶから。じゃあ、課長。今日はオレもこれで失礼しますんで」
ジェットがバタバタと執務室を飛び出していった。
ハインリヒは上司に軽く頭を下げ、退社した。
「お待たせ。すぐに車が来るから、少し待ってて。な?」
日が長くなったとはいえ、今の時間ではすっかり日は落ちている。
冷たい外の空気を吸って少し気分が良くなり、ハインリヒはホッとした。
あまり間を置かずに車が二人の前に止まり、ジェットがハインリヒを車内に押し込んだ。
「ホラ、早く乗って・・・!」
バタンとジェットが車のドアを閉めると。
(また、あの香りだ・・・)
気が遠くなりそうになる・・・。
やがて車は、ハインリヒのマンションの前に止まった。
「ハインリヒ、本当に大丈夫かよ・・・?」
心配げに差し出された手を、ハインリヒは払いのけた。
「・・・・自分で降りられる・・・!」
車は次の乗客を探しに夜の街に消えて行き、マンションの前にはハインリヒとジェットだけが取り残された。
「部屋まで送るよ」
再度差し出された手を、ハインリヒはもう一度、払った。
「・・・触るなっ!!」
「・・・どうして・・・?」
「自分で考えろ、馬鹿・・・!」
鞄から準備していたチョコを取り出し、ハインリヒはジェットに投げつけた。
「約束をしていたからな。そいつは、くれてやる・・・!」
そのまま、ジェットに背を向けたが。
「待てよ・・・!」
後ろからギュッと抱きしめられ、身動きが取れなくなった。
「どうしたんだよ、一体・・・?」
「・・・香水の匂いがする・・・」
「え?」
「女物の香水の匂いをプンプンさせやがって・・・!!」
分かっている。
それが、自社の大口契約の取り方なのだ。
自分だって・・・。
けれども、嫌なのだ。
我儘だと分かっていても、嫌なのだ。
ジェットが、ジェットが・・・。
フ・・・、と。
耳元で小さく笑う声に、ハインリヒはカッとした。
「何を笑ってやがる!?」
「ヤキモチ焼いてくれてるんだ・・・嬉しいな・・・」
「誰が・・・っ!!」
「大丈夫だよ。何も、無かったから」
ジェットの指が、宥めるようにハインリヒの髪を撫でた。
「オレにはキミだけだし・・・。出来るだけ・・・な・・・?」
自分は理不尽な事を言っているのに。
どうしてジェットはこんなに優しいのだろうか・・・?
安心すると同時に、ハインリヒの瞳からポロリと涙が零れた。
「・・・泣かないで・・・」
「泣いてなんかっ!!」
言いながら、ポロポロと次から次へと涙が落ちていく。
「ハインリヒ・・・」
腕の中でクルリと向きを変えられ、ハインリヒはジェットと向き合う形になった。
「チョコ・・・ありがとう。嬉しいよ」
「お前が欲しいって言うから・・・!真面目に、選んだんだぞ・・・っ」
「うん。ありがとう」
ジェットの口唇が、ハインリヒの涙を吸い上げた。
「チョコも嬉しいけど・・・。オレ、今はキミが欲しいな。・・・イイ?」
広い胸の中でしゃくり上げながら、ハインリヒはコクリと頷いた。
チュ、と軽くハインリヒにキスしてから。
「部屋まで送るよ」
微笑みながら、ジェットが三度、ハインリヒに手を差し出した。
「ん・・・」
キュッと、その手を握りしめた。
大きな紙袋の中身は空っぽ。
パタンと、部屋のドアが閉じられる。
バタバタだった一日の終わりは・・・。
ハッピーバレンタイン?
〜END〜
◆コメント◆
最初はギャグで始まったのに、
何故か真面目(?)に終わってしまいました(汗)。
しかも、ヤキモチ焼きの乙女ハインさんでスミマセン・・・。
一応、(株)BGのバレンタイン、というコトで。
毎度のコトですが、失礼致しました〜!!
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