苛立ち




 それは、突然に降って湧いた話だった。
「宮田と一歩の試合が流れた・・・?」
 思わず声のトーンを跳ね上げて問うと、深刻な顔で、板垣が頷いた。
「はい。ボクは直接、先輩から聞いたんですがね・・・」
 何故・・・?
 心の中で、そんな想いが渦巻く。
 誰もが、心待ちにしていた試合だ。
 一歩と宮田の本人達は勿論、会長も、宮田のオヤジさんも、ジムの仲間達も。
 そして・・・木村自身も。
 全くタイプの違う二人が、どんな試合をするのか。
 どっちにも勝って欲しいと、そんな複雑な気持ちで、でも、試合を楽しみにしていた。
 板垣の話では、宮田側から一方的に試合を破棄されたらしい。
 一歩は酷い落ち込みようで、練習にも顔を出さない。
 会長あたりはもう、怒髪天を突く勢いに違いない。
「どうして・・・?」
 胸が、もやもやして。
 宮田に直接聞くしかないと、木村はそっと、胸の内で思った。



 間柴戦前、スパーを頼むために待ち伏せた、宮田のロードコースに入っている公園。
 あの時と同じように、木村は宮田を待っていた。
 視線の先に、小さな人影が現れて。
 徐々に、その姿が大きくなっていき・・・。
「よう。久しぶり」
 ごくごく軽い感じで声をかけると、宮田がピタリと立ち止まった。
「木村さん・・・?」
 漆黒の瞳が、どこか不安定な光を湛えて揺れた。
「単刀直入に聞くぜ?一歩との試合を取りやめたんだってな。・・・何故だ?」
「・・・言えません」
 即答だった。
「宮田・・・!」
「言えません」
 木村の言葉を遮るようにして、宮田はキッパリと言った。
 眉根を跳ね上げて、木村は宮田に言葉をかける。
「おい、オレにお前を軽蔑させるなよ、宮田?」
「・・・理由は・・言えません。ただ、オレが悪いんだとしか」
 言えないのか。
 そんな辛そうな顔をしているくせに・・・。
 俺に、何も言ってはくれないのか。
「なあ、宮田。本当に・・・オレにも、言えないのか?」
「・・・許してください。アンタに軽蔑されるのは辛いけど、軽蔑されても仕方ない。それは・・・・・・。分かっている・・・つもり、です」
「宮田!」
「用事はそれだけですね?じゃあ、オレはこれで・・・」
 瞳の色と同じ、黒のジャージに身を包んだ身体が、スーッと木村の脇を通り過ぎていこうとする。
「宮田!!」
 どうして、何も言ってくれない?
 悩みを分かち合うには、オレはそんなに頼りないのか?
「例え軽蔑されても・・・。オレは、アンタが好きです」
 擦れ違い様に、宮田が囁いた言葉は木村の胸を突いた。
 違う、違う・・・そんな言葉が聞きたいんじゃない。
 言えないのなら、ウソでも何でもイイから。
 オレが騙されてしまうような、一歩との対戦を流した理由を教えてくれ。
 そうじゃないとオレは・・・。
「くそっ!!!」
 木村は、両手で顔を覆った。
 酷く、イライラする。
 背後を振り返ると、宮田の後姿がひどく小さく見えた。



 どうして、どうして・・・?
 木村の胸の中で、その疑問だけが、大きくなっていく。
 ショックから立ち直った一歩が、ジムに顔を出すようになっても。
 何の理由もなく、一方的に試合を破棄するような男じゃない。
 そう、信じたい。
 理由を問い詰めた時の、宮田の辛そうな表情が忘れられない。
「・・・宮田・・・」
 頼むから、話せよ。
 全ての問いかけを拒絶するような背中を思い出し。
 キュッと、木村は口唇を噛み締めた。


  〜 END 〜


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単行本派なので、遅れていてスミマセン(汗)。
宮田から一歩への試合破棄の場面で、コレを妄想している辺り、
もう完全に腐れていますが、お許し下さい。




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