THE SOUND OF MUSIC




 美しく豊かな緑に囲まれている、オーストリアの古都ザルツブルグ。
 高原に、一人の女性の歌声が響いた。
 心から気持ち良さそうに、彼女は歌う。
 木々の合間を抜けながら。
 小川のせせらぎに、微笑みながら。
 そして、青い空に向かって大きく両手を広げた。
「はー、気持ちいい!」
 正常な空気を胸いっぱいに吸い込んで、彼女が叫んだ時。
 風に乗って、修道院からの鐘の音が流れてきた。
 幸せそうな微笑みが、一転して焦りの表情に変わる。
「いけない!ミサの時間だわっ!!」
 彼女は慌てて丘を駆け下り、修道院へと急いだ。



 修道院では、厳かにミサが行われている。
 そこに・・・アンジェリークの姿はなかった。
 ミサ終了後、修道院長のディアは、困りきった表情のシャルロッテからこう言われることになる。
「アンジェリークの姿が、どこにも見当たりません」
「あら、また?」
「はい。心当たりは全て探したのですが・・・」
 ディアは、優しく微笑む。
「アンジェリークは風の子。心当たり以外を探してみてくださいね」
「はい・・・」
 シャルロッテが姿を消すと、ディアの隣にいる修道女のうちの一人・・・クラヴィスが、眉をひそめた。
「またアンジェリークは姿を消したというのか・・・。ディア。私は思うのだが、彼女は修道女には向かないのではないか?」
「クラヴィス!あなたは何てことを言うのですか?」
 ディアの隣にいるもう一人の修道女・・・ルヴァが、クラヴィスを咎めるように言う。
「アンジェリークは、とてもいい子です。ただ、少し元気が良すぎるだけで・・・同じ神の子ではありませんか?差別をしようというのですか??」
「私が問題にしているのは、その元気が良過ぎるところだ。それは、修道女には、不要な要素ではないか?」
「まあまあ」
 ディアが二人を宥めるように声をかけた。
 そして、近くを歩いていた修道女の集団に訊ねた。
「今、修道女としての資質について話していたのですよ。私には、二人のどちらにも理はあると思いますが・・・みなさんは、アンジェリークについてどう思いますか?」
「アンジェリーク?」
 修道女の一人が笑いながら答えた。
「とてもいい子で、大好きすわ。でも、とってもお転婆」
「時間にしょっちゅう遅刻してきますわね。でも、すぐに後悔しますわ」
「修道院の中で歌う、口笛を吹く、踊る。規律違反なのですけど、子供みたいで憎めません」
「・・・頭痛の種だな」
 クラヴィスが口を挟むと、ルヴァがディアに言った。
「え〜、アンジェリークの弁護をしてもよろしいですかぁ?」
 ディアが頷くのを合図に、ルヴァは口を開く。
「アンジェリークは・・・私を笑わせてくれますよ」
 修道女たちが、クスクスと笑う。
 だが、クラヴィスにギロリと一瞥され、彼女たちは素早く、口を手の平で覆った。
「・・・太陽の光は捕まえられないわ。そうでしょう?」
 ディアがその場を取りまとめようとした時。
 バタンと大きな音を立て、入り口のドアが開いた。
 修道女たちの注目の中、上気した頬のアンジェリークが、駆け込んでくる。
 アンジェリークは彼女達に気付き、ハッとした表情になったが。
 クラヴィスに向かってペロリと可愛く舌を出して見せると、しずしずと歩き出した。
 そして、皆の姿が目に入らないかのように、そのまま歩いていってしまった。
「本当に・・・太陽の光は捕まえられませんねぇ・・・」
 ルヴァの呟きに。
 修道女たちは、ため息を漏らしながら、苦笑するのだった。



 数十分後。
 しょんぼりと項垂れながら、院長室に入っていくアンジェリークの姿があった。
 部屋に入り、パタリとドアを閉めたアンジェリークに、ディアは優しく微笑みかけた。
「アンジェリーク、こちらへ」
「すみません、ディア様。反省しています」
「お詫びはいらないわ」
「でもっ・・・!!」
 ウルウルと涙目で見つめられ、ディアは苦笑した。
「では、話してごらんなさい?」
「草原が、私を呼んでいたんです。私は空を目指すようにして、山を登りました。そして・・・ごめんなさい、思わず歌ってしまいました・・・」
「修道院の外では歌っても良いのですよ」
 慈愛に満ちた瞳でアンジェリークを見つめ、ディアは言った。
 そして一呼吸置いてから、アンジェリークに問いかけた。
「アンジェリーク。あなたは修道女に憧れていただけで、心の準備ができていなかったのではありませんか?」
「そんなことはありません!私は、学び、祈っています」
「修道女として、一番大切なことは何ですか?」
「神の御心を知り、実行することです」
 ディアは、手元の書類に目を落とした。
 そして、厳かに告げた。
「あなたは少し、この場所から離れてみると良いかも知れませんね」
「・・・嫌です!」
 悲鳴のような声を上げるアンジェリークに向かって、ディアはやっぱり、優しく言った。
「世間の風に吹かれて、自分の修道女としての適性を見つめなおしていらっしゃい。実は、家庭教師を探しているお宅があるのです。子供が7人」
「7人!?」
 驚いたようにおうむ返しに問い返したアンジェリークに向かって、
「あら、子供は嫌い?」
 ディは訊ねた。
「いいえ、好きです。でも・・・」
 アンジェリークの返事を聞くと、ディアは優しいが有無を言わさぬ口調で告げた。
「だったら、大佐に伝えておきます。この修道院から、あなたが家庭教師として伺うと。ジュリアス大佐は海軍の退役将校。立派な方ですよ」




 不安そうな表情で、アンジェリークは修道院を後にする。
「道はきっと、どこかに通じるわ」
 自分に言い聞かせるように小さくそう呟き、アンジェリークは顔を真っ直ぐに上げた。
「俯いてるなんて、私には似合わないもの。元気を出していかなくちゃ!元気のよさだけが、今の私の持ち物なんだから・・・」

 アンジェリークを待っていたのは、今まで見たこともないような大きな屋敷だった。
 厳重な門構えに躊躇しながら、アンジェリークはその門を開いた。
 門から玄関まで、かなりの距離を歩き。
 アンジェリークは、呼び鈴を押した。
 中から出てきたいかにも生真面目そうな人物に、アンジェリークは元気良く告げる。
「家庭教師です、大佐!」
「・・・私は、執事ですが・・・」
 眼鏡を押し上げながら、その人物は言い、アンジェリークは決まり悪げに微笑んだ。
「どうぞ」
 家の中に招き入れられ、アンジェリークは大きく瞳を見開いて、辺りを見回した。
 調度品や、シャンデリア、彼女にとって、全てが目新しかったからだ。
(すごーい・・・)
 キョロキョロするアンジェリークに、執事は冷静に告げる。
「しばらくお待ちください」
 アンジェリークは、ドキドキしながら、邸内をそっと歩く。
 ほんの少しだけ扉が開いている部屋を発見し、アンジェリークはそっと、その扉を開いて部屋の中に入った。
 きれいに磨き上げられた壁。
 玄関よりも豪華絢爛なシャンデリア。
 思わず、目がくらみそうになる。
 やがて壁に自分の姿が映っていることに気付き、アンジェリークはスカートの裾をほんのちょっと持ち上げて、お辞儀をして見せた。
 その時。
 部屋の中が、パッと明るくなった。
 アンジェリークがハッと振り返ると。
 豪奢な金の髪を持った男性が、部屋の扉を大きく開き、黙ってアンジェリークを見つめていた。
(ハッ、この人がジュリアス大佐!?きっと、部屋から出ろと言ってるんだわ!!)
 アンジェリークは、慌てて部屋から出た。
「今後、用のない部屋には入らないようにしてもらおうか?」
 じっとアンジェリークは、ジュリアスを見つめる。
 彼は不機嫌そうに眉をしかめると、アンジェリークに訊ねた。
「何か?」
「大佐らしくないと思って・・・」
 アンジェリークが答えると。
「そなたも教師らしくないが?」
 そっけなく言い放ち。
「帽子を取って、回って見せるように」
 ジュリアスは、アンジェリークに、そう命じた。
 クルリ、と可憐にアンジェリークが回って見せると、ジュリアスはやはり、眉をひそめながらこう言った。
「子供達に会う前に、着替えを」
「あら!服はこれしかありません。修道院に入る時に、全て貧しい人に差し上げましたから」
「では、その服は?」
「この服だけ、貰い手がいなかったんです」
 ニコニコと微笑むアンジェリークに、ジュリアスは絶句する。
 それから咳払いをして、アンジェリークに告げた。
「では、明日にでも、洋服用の布地を準備しよう。それで、服を作るように」
「はいっ!ありがとうございますv」
 アンジェリークは微笑むが、ジュリアスはニコリともしない。
 どこか醒めた瞳でアンジェリークを見つめながら、ジュリアスは言った。
「そなたは、12人目の家庭教師だ」
「えっ!?」
 アンジェリークは小さく叫び声をあげた。
 それから、恐る恐るジュリアスに尋ねる。
「あの・・・問題児なんですか??」
「教師が問題なのだ」
 深い青色の瞳が、キラリと光った。
「最初に言っておくが、当家は規律で動いている。午前中は勉強、午後は行進、就寝時間は厳守」
「あら!遊ぶ時間は?」
「必要ない。分かったか?」
 アンジェリークに背を向けながら、ジュリアスは冷たく言い放った。
 彼の背中で、眩しい金の髪が、揺れた。
 アンジェリークは返事をした。
 その背中に向かって思いっきり舌を出しながら、出来るだけ嫌味な声を出して。
「了解しましたわ、大佐」
 アンジェリークの声など聞こえないような素振りで、ジュリアスは再度アンジェリークを振り返った。
「子供たちを紹介しよう」
 そしてどこからともなく笛を取り出し、彼は高らかにその笛を鳴らした。
 次々に子供たちが姿を現し。
 彼らは、規則正しく行進を始めた。
 笛の音に合わせて。
 驚きのあまり目を丸くするアンジェリーク。
 ジュリアスがいっそう高らかに笛を吹き鳴らした時。
 驚くアンジェリークの目の前で、子供たちはぴたりと動きを止めた。
 ハッとしてよくよく彼らを見ると。
 皆、制服を着せられている。
 ジュリアスが、再度、笛を吹いた。
 笛の音に合わせ、子供たちが一人ずつ前に出て、自分の名前を紹介した。
 子供たちの紹介が終わると、ジュリアスはアンジェリークに笛を差し出した。
「そなたの分だ。合図を覚えると、子供たちとコンタクトが取りやすくなる。早く覚えるように」
「笛はいりません、名前を呼びますから!」
 ジュリアスを睨みつけながらアンジェリークはキッパリと言った。
「この広い家の中で、大きな呼び声は迷惑だ」
 そして、ジュリアスはピーッと長く笛を吹いて見せた。
「これが、そなたを呼ぶ合図だ」
「やめて!」
 アンジェリークは耳をふさいだ。
「笛はやめてください。屈辱的です。犬じゃないんですから!私も、子供たちも」
 ジュリアスは不愉快そうに眉をひそめた。
「そなたは修道院でもそんなに良く喋っていたのか?」
「ええ、そうです」
 挑戦的にジュリアスを見つめるアンジェリーク。
 ジュリアスは、アンジェリークのそんな様子を気にする風もなく、彼女と子供たちに背を向けた。
 ピーピーピー!
 アンジェリークが高らかに笛を鳴らした。
 ジュリアスが、振り返る。
 頬に怒った様な笑いを浮かべ、アンジェリークはジュリアスに訊ねた。
「あなたを呼ぶ合図は?」
 ジュリアスの頬が、ひくひくと引きつった。
「・・・ただ、『大佐』と」
 短く答えると、彼は奥の間に姿を消した。
 もう一度、ジュリアスの背中に向かって舌を出してから。
 アンジェリークは子供達に向き直った。
「楽にしてちょうだい」
 子供たちは一斉に、休めの姿勢を取る。
「もっと楽にして、お願いよ。そして、もう一度名前を教えてちょうだい。年もね」
 ジュリアスに対するよりもずっと優しく、アンジェリークは微笑んだ。
 一番左側に並んでいた少女が、スッと一歩前に出た。
「コレットです。17歳。もう家庭教師は必要ないわ」
 優しい眼差しで彼女を見つめながら、アンジェリークは返事をした。
「そう。じゃあ、いいお友達になりましょうねv」
「ランディです!16歳。問題児!!」
 アンジェリークは、クスリと笑う。
「あら!誰に言われたの?」
「8番目の家庭教師さ」
 次にアンジェリークは、金の髪の少女に視線を向けた。
「ティムカよ」
「・・・あら、それだけ?年は教えてくれないの、レイチェル??」
 アンジェリークから『レイチェル』と呼ばれた少女の隣の隣にいた少年が、礼儀正しく笑いながら言った。
「僕がティムカです。13歳。そして、レイチェルは15歳です。先生は、記憶力がいいですね」
「ありがとう」
 レイチェルの隣に立っていた少年が、叫んだ。
「ゼフェル!14歳。意地っ張りだぜ!!」
「あら、頼もしいわねv」
 アンジェリークが最後の二人の方に歩きながらそう言うと、ゼフェルは驚いたような表情になった。
「はぁ?意地っ張りでイイのかよ!?」
「意気地なしより、ずっといいわ」
 そしてアンジェリークは、ティムカの隣にいる少年に微笑みかけた。
「マルセル。7歳。お花を育てるのが大好きなんだ!」
「あら!お花は私も大好きよ」
 一番最後の少年が、ぴょこりと前に飛び出した。
「メルだよ!5歳なの!!」
「そう。もう、大人ね」
 アンジェリークがそう言うと、メルは嬉しそうに笑って見せた。
 それから皆を見回して。
「何しろ家庭教師は初めてだし、私は、何もわからないの。みんな、色々教えてね」
 アンジェリークがそう言った時。
「はーい、はいはい。散歩の時間やで〜。お父はんのお言いつけや。とっとと行った行った!」
 威勢のいい声が大広間に響き、子供たちは一斉に玄関に向かった。
「あの・・・」
 何か言いかけるアンジェリークを制して、男は元気良く笑った。
「俺はチャーリー。家政夫や!ヨロシクな!!」
 アンジェリークの荷物を持ち、彼は言う。
「さ、部屋へ案内するわ」
 玄関先から、子供たちがじっとアンジェリークを見つめる。
 2階へと続く階段を上っている時、アンジェリークはスカートのポケットの中で何かが動いていることに気付いた。
「???」
 ポケットからそれを取り出して、
「キャーッ!?」
 アンジェリークが悲鳴を上げる。
 ポケットの中から出てきたのは・・・カエルだった。
「イヤイヤ〜っ」
 チャーリーが笑いながら言った。
「まだ良い方や!前の先生の時は、蛇やったからな」
「蛇!?」
 クスクスと子供たちが笑う。
 その子供たちを困ったような表情で見つめながら、アンジェリークは思った。
(ちょっと前途多難かも・・・。でも、大丈夫!道はきっと開けるわ!!)



〜 Aに続く 〜



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

かの名作、「The SOUND OF MUSIC」をアンジェでパロりました。
一回やってみたかったんです〜vvv
キャストはトラップ大佐をジュリ様にするかクラ様にするか悩んだのですが。
クラ様はバースデー企画で主役を張ったばかりなので、
ジュリアス様が大佐になりました。
マリアさんがリモちゃんなのは、当サイトのお約束v
全部で5〜7話位になるかな、と考えております。
よろしくお付き合いくださいませ。





パラレルの間     NEXT