THE SOUND OF MUSIC A




「キャーッ!夕食の時間に遅れちゃったわ〜」
 パタパタと夕食に指定されていた場所に駆けつけるアンジェリーク。
 既にジュリアスと子供たちは席についていた。
 慌てて、空いている席に座り、
「キャッ!?」
 アンジェリークは、飛び上がった。
 椅子の上に置かれていたのは、松ぼっくり。
 形の良い眉をヒクヒクとさせて、ジュリアスがアンジェリークに視線を向けた。
「それが修道院の礼儀なのか?」
 アンジェリークが子供たちに視線を走らせると、彼らは居心地悪そうにアンジェリークから視線をそらした。
「えっと・・・あの、ちょっと腰を痛めていて・・・。座ったらグキッときたんですっ!」
 フンと鼻で笑うと、ジュリアスは食事を始めようとした。
 子供たちも、それに習う。
「あのっ!」
 アンジェリークの声に、ジュリアスが顔を上げた。
「食事前のお祈りは・・・?」
「・・・そうであったな」
 アンジェリークが手を組み合わせ、祈る。
「今日の糧を感謝したします。アーメン」
「アーメン」
 ジュリアスと子供たちが声を合わせ、今度こそ食事が始まった。
 食事を摂りながら、アンジェリークは優しく微笑んで子供たちを見回した。
「今日は、素敵なプレゼントをありがとう!」
 ジュリアスが顔を上げ、アンジェリークに視線を向ける。
「プレゼント?」
「・・・私と子供達の秘密です」
 そう答えるとジュリアスは、だったら余計な口を聞くなと言いたげな表情になったが。
 構わずに、アンジェリークは続けた。
「初めてのお宅で、とっても不安だったの。何も分からないし。それを考えてくれたのね。嬉しかったわ」
「・・・うわーんっ」
 メルが突然泣き出した。
 つられたように、マルセルもシクシクと泣き出す。
 ティムカの瞳も涙で潤み、レイチェルとゼフェルも泣き出しそうだ。
 コレットとランディもキュッと唇を噛みしめた。
「一体、どうしたというのだ?」
 ジュリアスが尋ねると、メルはしゃくりあげながら返事をした。
「なんでもないの」
「先生、子供達が皆、急に食欲不振に陥ったようだが?」
 ギロリと睨んでくるジュリアスの視線を流して、
「嬉し涙ですわ」
 アンジェリークは澄まして答え、食事を続けた。

 アンジェリーク達の食事中に、執事のエルンストは、ある訪問者を迎えていた。
 来訪したその青年に、エルンストは尋ねる。
「合併は、間近ですか?」
「多分な」
 青年は短く答え、エルンストに向かって紙切れを差し出した。
「電報を、ジュリアス大佐に」
「確かにお預かりしました」
 クルリと青年に背を向け、エルンストは屋敷のドアを閉めた。
 その場に取り残された青年は・・・窓から屋敷の中をそっと伺い見た。

 電報を受け取ったエルンストは、銀の皿に電報を載せ、ジュリアスの下へと迅速に向かった。
「ジュリアス様。電報です」
 コレットの表情が動き、彼女はエルンストに尋ねた。
「配達してきたのは、誰?」
「アリオスです」
 急に、コレットがソワソワとし始める。
「お父様、席を外してもいい?」
 ジュリアスは頷きながら、電報の内容を確認しているようだった。
 やがて電報から目を離して、彼は子供達に告げた。
「私は明日、ウィーンへ発つ」
「またかよ!?」
 ゼフェルが叫び、
「・・・嫌です・・・」
 ティムカが悲しそうに言った。
「男爵夫人のトコロなの?」
 レイチェルの問いに、ジュリアスは平然と答える。
「その通りだ」
 子供達は、一様に黙り込んだ。
 そんな彼らに、ジュリアスは微笑んで見せる。
 少し、ぎこちなく。
「今度、夫人をこちらに連れてくることにしよう」
 やはり黙り込んだままの子供達に、ジュリアスは続けた。
「オリヴィエも一緒にな」
 その言葉に、子供達の頬にようやく笑顔が浮かぶ。
「楽しみだなぁ」
 マルセルが嬉しそうに言うと、他の子供達も頷いた。
 オリヴィエ−ジュリアスの、古い友人である−は、その気さくな性格で、この家の子供達から好かれているのであった。

 一方、食事の場から席を外したコレットは。
 屋敷の庭で、アリオスに会っていた。
「アリオス!」
 駆け寄って抱きつこうとするコレットの身体を、アリオスはヒラリとかわした。
「ダメだぜ」
「どうして!?」
 アリオスはニヤリと人の悪そうな笑いをその頬に浮かべて、ベンチに腰掛ける。
 コレットもその隣に腰を下ろし、唇を尖らせながら言った。
「嫌になっちゃうわ。お父様に電報が来た時にしか会えないなんて・・・!」
「・・・オレは心配だな。オーストリア贔屓のジュリアス大佐が」
 小さく吐き出されたその呟きに、コレットは敏感に反応した。
「大丈夫よ!お父様は、皇帝陛下から勲章をいただいた英雄ですもの!」
 その言葉に、アリオスは苦笑したように見えた。
 だが彼は、そのことについては何も触れず、話題を別の事に振り替えた。
「オレが心配なのは、実は大佐よりもその娘だ。まだ16歳で、世間知らずの、な」
 人を食ったようなその物言いに、コレットは頬を膨らませた。
「あら!もうすぐ17歳よ!!」
「・・・そうだな」
「17歳になったら、私、社交界デビューよ?素敵な殿方が沢山言い寄ってくるかもしれないけれど。どうするの、アリオス?」
「ダメだダメだ。確かにお前はもうすぐ17だが、やっぱり世間知らずのお嬢さんさ」
「じゃあ、アリオスが色々教えてくれる?」
 可愛らしい上目遣いでコレットがアリオスを見上げると。
 アリオスは胸元に手を当て、わざとらしくお辞儀をして見せた。
「オレはもうすぐ18だからな。世間知らずのお嬢さんを、優しくエスコートして差し上げるぜ」
「もう!アリオスって、どうしていつもそんなに不真面目なの!?私は真面目に言ってるのにっ。アリオス、私のこと、どう思ってるの!?」
 ポツポツと、雨が降り始める。
 コレットの抗議&問いには答えずに、アリオスは彼女の背中を押した。
「濡れたら風邪ひくぜ。さっさと屋敷に帰んな」
「・・・もう!」
 コレットがプイッとアリオスから顔を背けようとした時。
 アリオスの顔がコレットに近付いて。
 コレットの唇を、温かな感触が掠めた。
「・・・じゃあな、コレット」
「アリオス!?」
 そのままコレットを振り返ることもなく、アリオスの姿は闇の中に消えた。
 雷を伴い、激しさを増す雨の中で、コレットは自分の唇をそっと抑えた後。
 大きく飛び上がって、万歳をした。



 雨が酷く降り出したので、アンジェリークは、バタバタと部屋の窓を閉めていた。
 雷の光を遮るよう、カーテンまで閉め終わり、アンジェリークがホッと息をついた時、部屋のドアがノックされた。
「??どうぞ?」
 入室を促すと、勢い良くドアが開き。
「じゃじゃーん!ジュリアス大佐から、新しい服用の布地を預かってきましたわ!!」
 騒々しく、チャーリーが登場した。
 美しいメイグリーンの布を受け取り、アンジェリークは礼を言った。
「ありがとうございます。大佐によろしくお伝えくださいね」
「それと、カーテンもアンタに似合うようなキレイな色に取り替えるから、楽しみにしててや!」
「あら!今のままで十分です!!」
 アンジェリークが困ったようにそう言うと、
「あかん!もう、頼んであるからな。ほな!」
 威勢良く言って部屋を出て行こうとするチャーリーを、アンジェリークは呼び止めた。
「あのっ・・・!」
「なんや?」
「子供達の、遊び着が必要だと思うんです。ジュリアス大佐にお願いしたいんですけど・・・」
 チャーリーは、ブンブンと首を振った。
「あかん、あかん!この家の子供は、ただ行進するだけや」
「でも!可哀想です!!」
 なおも主張するアンジェリークに、チャーリーは困ったように笑って見せた。
「奥さんが亡くなってから、この家はまるで軍艦の中のようになってしもてなぁ。大佐も、思い出すと辛いんやろな、気の毒に」
 それからチャーリーは、声をひそめた。
「あんたにだから言うんやけど。ジュリアス大佐は、男爵夫人と結婚を考えてはるようや」
「あら!」
 アンジェリークは叫んだ。
「大佐がご結婚されるのは、いいことだわ!子供達のためにも」
「さあなあ・・・それはどうだか・・・」
 ボソリと呟いてから、チャーリーはニカっとアンジェリークに笑いかけた。
「俺、もう行かなあかんわ。ほな、お休み〜」
 パタリとドアが閉まり、アンジェリークはチャーリーの呟きの意味を考えてみた。
 しかし、その意味を理解することは出来ず、小さくため息をついた。
 それから、ベッドサイドに跪き、就寝前の祈りを始めた。
「神よ。ディア様や他の修道女の皆さんに、祝福を。この家の子供達が、幸せに暮らせますよう。コレット、ランディ、レイチェル、ティムカ、マルセル、メル・・・あら、二番目の男の子の名前はなんだったかしら・・・。あの、意地っ張りの子」
 ベッドの脇にもたれ、考え込んだアンジェリークの背後を、人影が通り過ぎようとした。
 コレットである。全身、ずぶ濡れだ。
 アンジェリークはクスリと笑い、祈りの続きを始めた。
「神よ、コレットにお伝え下さい。私が彼女のよき友人であり、相談相手でありたいと思っていることを」
 クルリとコレットがアンジェリークを振り返った。
「先生、お父様に言いつける?」
 彼女に優しく微笑みかけながら、アンジェリークはタオルを差し出した。
「早くシャワーを浴びたらどう?風邪をひくわ。服なんか、洗ってしまえば分からないし」
 アンジェリークは、悪戯っぽく笑ってウインクをした。
「大丈夫よ、お父様には言いつけないわ」
「先生!」
「なあに?」
「ごめんなさい、家庭教師は要らないなんて言って・・・」
 アンジェリークの白く柔らかい指が、コレットの濡れた髪に優しく触れた。
「いいのよ。さ、早く温かくしてらっしゃい。ね?」

 空は、ますます酷い雷鳴を轟かせ、激しい雨が、窓ガラスを打った。
 寝巻きに着替えたアンジェリークは、ベッドに腰かけてコレットを待っていた。
 ピシャーン!!
 ひときわ激しく雷鳴が轟いた時。
 バタン!!!
 アンジェリークの部屋のドアが、何の前触れもなく開いた。
 開いたドアに視線を走らせると。
 枕を抱えて、メルが立っていた。
「どうしたの?」
 尋ねながら、両腕を差し伸べると、メルはスポンとアンジェリークの腕の中に飛び込んできた。
「あのね。メルね、雷が怖いの!」
 ギュッと抱きしめてやると、メルもアンジェリークにしがみついてきた。
「じゃあ今日は、先生と一緒に寝ましょうか?」
「ホント!?」
「ええ、特別よ」
 ゴロゴロという音は、全然鳴り止まない。
 ピシャン!
 雷が落ちるような音が響き。
 アンジェリークの部屋の前に、新たな来訪者が訪れた。
「レイチェル、ティムカ、マルセル。あなた達も雷が怖いの?」
 笑いながらアンジェリークが呼びかけると、三人はコクコクと首を縦に振った。
 そして、アンジェリークのベッドの上に飛び乗ってきた。
「先生、他の男のコ達も来るわよ」
 レイチェルがそう言い、カーテンを通してでも分かるほど、空が明るく光ったタイミングで。
 ランディとゼフェルの二人が、アンジェリークの部屋に飛び込んで来た。
「大きな男の子達も怖いの?」
「おめーが心配だから、様子を見に来てやっただけだ!」
 ゼフェルが強がりを言い、皆はクスリと笑った。
 皆がアンジェリークのベッドの周りに集まり、アンジェリークは子供達を見回す。
 雷は、やはり、鳴り止まない。
「雷が、怒ってるの」
 メルが、そう言って身を震わせた。
「雷が怒ってるとね、メルね、泣きたい気分になるの」
 アンジェリークは朗らかな笑顔で、子供達に告げる。
「あのね、こういう時には、お気に入りのものを思い出すといいのよ」
「お気に入り?」
「そう。例えば、大きなイチゴが乗ったショートケーキ。キレイな薔薇の花。澄み切った青い空」
「何度読んでも心に染み入る、詩の本」
 静かにティムカがそう言うと。
「ワタシは、お父様からいただいた学習書」
 レイチェルが嬉しそうに言い、マルセルが続けた。
「僕は、カワイイ小鳥さん!」
「オレは、機械いじり、だな」
「空高く舞い上がる、フリスビー!」
 ゼフェルとランディが元気良くそう言い、
「メルはね、キレイな色のキャンディー!」
 メルが笑う。
「私は、白馬に乗った王子様よ!」
 シャワーを浴び終わったコレットがニコリと笑いながら、皆の前に姿を現した。
 部屋の中が、明るい笑いで満ち溢れる。
 と、その時。
「就寝時間は厳守と言った筈だが?」
 硬質的なジュリアスの声がして。
 子供達は一斉に、整列をする。
「子供達が、雷に怯えていたので・・・」
 アンジェリークがジュリアスにそう告げると、ジュリアスはそれには答えずに、コレットに視線を走らせた。
「ところでコレット。そなた、食事後に一体何処に行っていたのだ?」
 ビクリとコレットが身体を振るわせた。
「答えられぬのか?」
 ジュリアスの眼差しが、厳しくなる。
「私とこの部屋で、ずっとお話してたんです!すっかり仲良くなりました。ね、コレット?」
 コレットを庇うようにアンジェリークが言うと、コレットはコクコクと頷いた。
 これ以上ジュリアスから追求を受けないように、と、アンジェリークは子供たちを促した。
「さ、お父様のご命令です。みんな、部屋に戻って!」
 子供達は規則正しく一列になり、アンジェリークの部屋から出て行った。
 彼らを送り出し、ホッと息をついたアンジェリークに、ジュリアスは冷ややかに問いかけた。
「私が明日からいなくなる、という事は、流石に覚えているであろうな?」
「もちろんです」
「それでは」
 ジュリアスが、豪奢な金の髪を揺らす。
 この男が、不機嫌な時にそんな髪の揺らし方をするということを、アンジェリークは覚えた。
「私が戻るまでに、この家の規律をしっかりと身に付けておくように」
 言いたいことだけを言うと、ジュリアスはアンジェリークの部屋から出て行こうとした。
「ジュリアス大佐!」
 アンジェリークが名前を呼ぶと、ジュリアスは振り返った。
 苛立たし気に。
「まだ何か?」
「子供達に、遊び着が必要です。新しい布地をいただきたいのですが・・・」
「彼らには制服を与えてある。遊び着など必要はない。返事は、以上だ」
 にべもなくそう言い放ち、アンジェリークの部屋を出て行くジュリアス。
「大佐!」
 アンジェリークが再度呼び止めたが、彼はもう、決して振り返りはしなかった。
「もう!石頭なんだから!」
 アンジェリークはイライラと叫ぶと、ベッドサイドのチェアーに乱暴に腰かけた。
 手元が寂しくなり、近くにあったカーテンを握りしめてから、アンジェリークはハッと気付いた。
『カーテンもアンタに似合うようなキレイな色に取り替えるから、楽しみにしててや!』
 チャーリーの言葉が、頭の中で繰り返された。
「そうだわ!カーテンよ!!キレイに洗って、この布地を使えばいいんじゃない♪」
 アンジェリークは軽やかに立ち上がり、カーテンで自分の身を包んで満足げに微笑んだ。



 数日後。
「さあ、みんなでお出かけしましょう!」
 アンジェリークの元気のいい声が、ジュリアスの屋敷に響き渡り。
 屋敷のドアが開き、アンジェリークと子供達が家の中から飛び出してきた。
 皆、窮屈そうな制服ではなく、ゆったりとした洋服を身に纏っている。
 ・・・アンジェリークが、カーテンの布地から作り出した服だ。
「みんな、どこに行きたい?」
「どこでもいい!」
「じゃあ、私に任せてね♪」
 アンジェリークの後を、子供達が笑いながら付いていく。
「ひゅう!この家に笑いが戻ってくるなんて、信じられんわ!大佐が戻ってきたら、なんて言うか・・・楽しみではあるなぁ」
 屋敷の中からアンジェリークと子供達を見送り、チャーリーが小さく口笛を吹いた。



〜 Bに続く 〜



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サウンド オブ ミュージックの続編です〜。
ようやっとアップの運びになりました。
まだまだお話も序盤で、ジュリリモのラブラブが書けないのが悲しい・・・。
次回辺りから、ジュリ&リモがお互いを意識し始めると思いますので♪
ジュリリモ好きな方は、次回以降をお楽しみに!
子供たちの中で、メルが使いやすいのが以外でした(笑)。





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