THE SOUND OF MUSICB
子供達とアンジェリークは、緑が眩しい高原でピクニックを楽しんでいた。
「とっても楽しいです・・・」
感慨深げにティムカが呟く。
「毎日遊べたらいいのにな」
メルの言葉に、アンジェリークは微笑した。
「毎日はダメよ」
「どうして?」
「遊びすぎると、かえって楽しくなくなるの」
皆、ゆったりとくつろいでいた。
そんな子供達の様子を包み込むような眼差しで見つめているアンジェリーク。
ランディとゼフェルは、キャッチボールをしていた。
ボールを投げながら、ゼフェルが何気なさそうに、アンジェリークに聞いた。
「どうしてオレ達が悪戯ばっかりするか、先生に分かるか?」
「うーん・・・どうして?」
「お父様の注意を引くためさ」
ゼフェルの代わりに、ランディが答えた。
その言葉にアンジェリークはしばし何事かを考えている様子だったが。
やがて、パッと表情を輝かせ、ポンポンと手を叩いた。
「みんな、集まって!」
子供達が、アンジェリークの周りに集まる。
「いいコトを思いついたわ。歌で、お父様を驚かせてあげましょう!」
「お父様は歌は嫌いよ?」
レイチェルがそう言うと、アンジェリークはニコリと笑った。
「そんなことはないと思うわ。みんなはどんな歌を知ってるの?」
「しらないよ!」
マルセルが答えた。
「ええっ!?一曲も知らないの??」
「知らないわ」
コレットもそう答え、アンジェリークは小さくため息をついた。
それから、子供達の顔を見回して、微笑んだ。
「それじゃ、レッスンをしましょうね。歌のはじめは、ドレミよ」
持ってきていたギターを弾きながら、アンジェリークは綺麗な声で歌いだす。
子供達は、アンジェリークの歌うとおり、復唱した。
「まあ!みんな、綺麗な声じゃない!!練習して歌を歌えるようになれば、お父様もお喜びになるわ、きっと・・・」
アンジェリークと子供達の澄み切った歌声が高原に響き。
空に、吸い込まれていった。
ジュリアスは、ロザリアとオリヴィエを乗せて、車を走らせていた。
「山がとても綺麗ですわね」
ロザリアがそう言うと、ジュリアスはほんの少しだけ微笑んだ。
「そなたのために、用意したのだ」
オリヴィエが悪戯に笑いながらジュリアスをからかった。
「んふふ〜。ロザリアのためなら、山をも動かすって感じ?」
「・・・嫌味な客はお断りだが、オリヴィエ?」
不機嫌そうにジュリアスに一瞥されたが、オリヴィエはビクともせずにケラケラと笑った。
「イイよ、押しかけちゃうから!ジュリアスホテルは、料理は最高、ワインは美味しい!最高のホテルだよねv」
「オリヴィエったら・・・図々しいですわ!」
楽しげな会話と共に、車は進んでいく。
車が、ある修道院の前を通りかかった時。
美しい歌声が、風に乗って流れてきた。
「素晴らしいね!」
オリヴィエがうっとりと呟いた。
「スカウトしたいぐらいだよ。もうすぐ音楽祭だし、私の手で才能を発掘してあげたいね」
「そうすれば、そなたは金と名声が手に入る、という訳か?」
「どっちか一つでもイイよ」
オリヴィエがジュリアスにバチンとウインクをし、ロザリアが笑った。
車は更に走り続ける。
並木道に差し掛かると、楽しげな笑い声が聞こえてきた。
ジュリアスは、我が目を疑った。
そして、夢を見ているのではないかと思った。
木に登って、車に向かって手を振っているのは・・・自分の子供たちではないか?
そう思ったからだ。
「おやおや、元気な子供達だねぇ」
「本当に。腕白ですわね」
二人の言葉が聞こえなかったような振りをして、ジュリアスは車の速度を上げた。
やがて車はジュリアスの屋敷に到着する。
ジュリアスはロザリアと二人、庭の散策をしていた。
「とても静かで綺麗な場所ですわね。あなたも、いつもとは違う表情をしていらっしゃいますわ」
ロザリアが言うと、ジュリアスは静かに頬を緩めた。
「家にいると、落ち着くのだ。小鳥のさえずりや、緑の木々・・・。そなたのサロンは華やかで、私は閉口してしまう。落ち着かずに、ただ、そなたの周りをウロウロとするだけだ」
ロザリアはじっと、ジュリアスを見つめた。
「わたくしの事を、どう思ってらっしゃるの?」
「美しい。魅力的で優雅で、社交上手だ。そして私の救い主でもある」
ジュリアスは女性を褒める時の常套句ばかりを述べる。
それが、ロザリアには不満だった。
本当にこの男が自分を好きでいてくれているのか。
時々、分からなくなる。
「わたくしは、流行のドレスを着てパーティを開き、取り巻きたちに囲まれておりますわ。でも、その虚飾をはぐと、とても孤独ですの。何方かわたくしを繋ぎとめてくれる、錨が欲しいわ」
さほど表情を動かさず、ジュリアスはその言葉を聞き。
ロザリアの腕を取った。
「そろそろ、私の子供たちを紹介しよう」
テラスでは、オリヴィエがお茶を飲みながら二人を待っていた。
菓子をパクつくオリヴィエに、ロザリアが笑いかける。
「あら、オリヴィエ!ヤケ食いですの?」
「そうだよ、悪い?私が目をつけてたカルテットの引き抜きに失敗しちゃったのさ。悔しいったらありゃしないっ!!」
「まあ、まあ。落ち着きなさいな」
ジュリアスが回りを見回しながら、独り言のように呟いた。
「子供達はどこか・・・?」
「きっと、わたくしに会いたくないんですわ」
その呟きを聞き取ったロザリアが言うと、ジュリアスは怒ったように断言した。
「そんなはずはない。皆、そなたを歓迎するはずだ」
そのまま、ジュリアスは屋敷の中に姿を消した。
「んふふ〜vvv」
オリヴィエがズイズイとロザリアに迫る。
「で、どうなの?このオリヴィエ様に教えなさいよ!」
「どうって・・・何のことですの?」
「んもう、とぼけちゃってぇ〜。結婚の話だよ、けっ・こ・ん!!」
ロザリアの頬に微笑が浮かんだ。
「なんとなくなら、出ましたわよ。でも、あまり二人の仲をかき回されたくありませんわね、オリヴィエ?」
「そう言われると、掻き回したくなっちゃうんだ♪」
などと、二人が話をしていると。
自転車に乗った一人の青年が姿を現した。
アリオスだ。
アリオスは自転車から飛び降りると、コレットの部屋に向かって、石を投げ始めた。
コツン、コツン。
窓に石がぶつかり、小さく音を立てるが、部屋からは何の反応もない。
小さくアリオスが舌打ちした時、ジュリアスが屋敷の中から戻ってきた。
「そなた、一体何をしている?」
ハッとしたように、アリオスがジュリアスを振り向いた。
「留守かと思って・・・」
言って、アリオスは高々と左手を上げた。
「ハイル・ヒトラー!!」
ジュリアスの眉が、ピクリと大きく跳ね上がった。
「オリヴィエさんに電報だ」
その手から電報を奪い取り、ジュリアスは鋭くアリオスを睨みつけた。
「さっさと失せるがいい!」
コレットの部屋にチラリと視線を走らせてから、アリオスは無言で自転車にまたがり、ジュリアス達の前から姿を消した。
「まだ子供ですわ・・・」
ロザリアが、去っていくアリオスを庇うように言うと。
「ここは、オーストリアだ!!」
ジュリアスは激しく、言葉を吐き出した。
「仕方ないじゃない。時代の流れだよ」
「オリヴィエ!そなた、仕方ないで済むと思っているのか!?私は断じて、そのようには思わぬ!」
ジュリアスの金の髪が、苛立たしげに揺れた。
ロザリアに向かって肩を竦めて、オリヴィエは屋敷の中に姿を消した。
「ジュリアス・・・貴方は今、どこにいらっしゃるの?」
「滅びようとしている世界だ・・・」
しばし、二人は黙り込んだ。
が。その沈黙を打ち破るかのように。
湖から、楽しげな笑い声が聞こえてきた。
二人が思わず、そちらの方に視線を向けると。
ボートに乗った7人の子供達と、アンジェリークの姿が見えた。
彼らはジュリアスとロザリアに気付き、ボートの上に立ち上がり、手を振ってみせる。
グラリ。
ボートは傾き。全員が、湖の中に落ちた。
ロザリアの瞳が、まん丸になる。
ジュリアスはピクピクするこめかみを手で押さえ、厳しく告げた。
「すぐに陸に上がるのだ!!」
びしょ濡れの子供達とアンジェリークが、楽しそうに笑いながらジュリアスの前に現れた。
ピーっ!!!
頬を引きつらせながら、ジュリアスが笛を鳴らす。
「整列!」
子供達は、ビシッと整列した。
「当家の子供たちだ」
ロザリアに向かってそう言った後、ギロリと子供達を一瞥しながら、ジュリアスは言葉を続けた。
「ロザリア夫人だ」
「初めまして」
ロザリアが言うと、コレット口を開いた。
「初めまして、ロザリア夫人」
ジュリアスは重々しく頷き、再度、笛を吹いた。
「着替えた後、集合!駆け足!!」
子供達が、パタパタと屋敷の中に駆けて行く。
後を追おうとしたアンジェリークを、ジュリアスが呼び止めた。
「そなたは残るように!」
その厳しい眼差しを見て、ロザリアが遠慮がちに言った。
「わたくし、中でお待ちしていますわ・・・」
そして、その場にいるのがジュリアスとアンジェリークだけになった。
「さて、先生。正直に答えてもらおうか。この私の幻覚ならいいが、今日子供達は、木登りをしなかったか?」
アンジェリークはニッコリと笑って頷いた。
ジュリアスは神経質そうに頭を振り、更に続けた。
「そして、このへんてこな服は?」
「遊び着です!古いカーテンで作りました。気軽に着て、歩けるように」
ジュリアスの眉間に、幾重ものしわが寄った。
「当家の子供達が、街を歩いたと言うのか!?こんなボロを着て!!」
「大喜びでした」
苛立たしげに。ジュリアスは右往左往した。
「制服がある!」
「あれは、囚人服です!!」
「不満は出ていない」
「怖くて言えないだけです!!」
「・・・そなたは、他人だ」
ジュリアスは怒りを湛えた鋭い眼差しでアンジェリークを見たが。
アンジェークはひるまなかった。
「誰かが言わなければいけません」
「余計なお世話だ」
ジュリアスが頭を振ったが、アンジェリークは構わずに続けた。
「コレットは年頃です。親の理解が必要だわ!あなたを尊敬している、ランディとも、もっと話してあげてください」
「アンジェリーク!」
「レイチェルは賢い子で、全てを見ています。ゼフェルは強がりだけれど、内心は違うわ!!」
アンジェリークは、必死の面持ちでジュリアスを見つめた。
「小さい子達は、ただ、愛されたいだけなんです。お願い、愛してあげてください!」
「指図は受けぬ!」
冷ややかに言い放ち、ジュリアスはアンジェリークに背を向けた。
「まだです、ジュリアス大佐!」
尚も言い募ろうとするアンジェリークを振り返り、ジュリアスは顔から表情を消して宣告した。
「アンジェリーク・・・荷物をまとめるのだな。修道院に帰る準備を」
キュッと唇を噛みしめ、アンジェリークは俯いた。
若草色の瞳から一瞬、涙が零れそうに見えたが、彼女は気丈にも顔を上げ、ジュリアスを見た。
「分かりましたわ、大佐」
その時、屋敷の中から歌声が流れてきた。
耳を澄ましてから、ジュリアスはアンジェリークに尋ねた。
「あれは?」
「歌です。歌っているのは、子供達。お客様のために、みんなで練習を・・・」
ジュリアスは、歌声に惹かれるようにして、屋敷の中に入った。
ロザリアのいる、一室で。
コレットのギターに合わせ、子供達が歌を歌っている。
ドアの影から、ジュリアスはその様子を黙って見つめた。
ジュリアスの頭が、揺れる。
いつもの苛立たしげな揺れ方ではなく。それは音楽に合わせ、リズムを取っている揺れ方だった。
固く引き結ばれていたジュリアスの唇が、開く。
それは笛を吹くためではなく・・・歌を口ずさむためだった。
深みのあるバリトンで、ジュリアスは歌いだす。
歌いながら、子供達に歩み寄ると。
彼らは驚いたように、歌をやめた。
ジュリアスは、歌う。普段は苛烈な光を灯している瞳を優しく揺らめかせ、子供達を見つめながら。
やがて。
子供達はジュリアスの歌声に合わせ、ハミングを始めた。
歌が終わると、ジュリアスは優しい微笑みはそのままに、子供達に手を差し伸べた。
子供達の笑顔が、弾けて。
皆は一斉に、ジュリアスの腕の中に飛び込むのだった。
その様を、アンジェリークもまた、ドアの影から見守っていた。
彼女が合図をすると、メルがロザリアに駆け寄った。
「どうぞ」
「まあ!エーデルワイスね。ありがとう・・・可愛らしい歓迎だわ」
ジュリアスが、ドアの方に視線を走らせた。
アンジェリークは慌てて視線を伏せ、2階の自分の部屋に戻ろうとした。
「待って欲しい!」
ジュリアスは丁重な態度でアンジェリークを呼び止め、言った。
「失礼をお詫びする」
静かに、アンジェリークは頭を振った。
「いいえ。私も言い過ぎました」
「そなたの指摘どおり、悪い父親だった・・・」
若草色の瞳が、優しい光を湛えてジュリアスを見つめた。
その瞳を・・・ジュリアスは、眩しく思った。
「子供達は、触れ合いを望んでいます」
そう言って微笑むと、アンジェリークは2階と続く階段を昇り始めた。
「アンジェリーク!」
再度呼び止められ、アンジェリークは振り返る。
「??」
「ここに、留まるように」
そう言って、ジュリアスはほんの少しだけ視線を伏せるようにしたが。
すぐに顔を上げ、言葉を続けた。
「私の、お願いだ。そなたはこの家に、歌を甦らせてくれた。これからも、私に力を貸して欲しい」
蒼い瞳は、優しかった。
アンジェリークは、その瞳に・・・心が攫われてしまうような気持ちになった。
「私で、お役に立てるのなら・・・」
やっとの思いでそう答えると、ジュリアスは穏やかな微笑みをその頬に浮かべ、子供達の待つ部屋へと消えていった。
アンジェリークの頬に、パッと赤みが差した。
そして彼女は、先ほどまでとは打って変わった軽い足取りで、自室に戻るのだった。
荷物をまとめるためではなく、ただ、着替えるためだけに。
その日から、ジュリアスの屋敷では、音楽に関する様々な催し物が行われるようになった。
観客は、ジュリアスとロザリア、そしてオリヴィエだけではあったが・・・。
〜 Cに続く 〜
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サウンド オブ ミュージックの3話目です。
今回、ジュリアス様、怒ってばかりでしたね(笑)。
でも最後にはちょっと丸くなって、これからリモとラブラブですv
早くパーティのシーンが書きたいのですが、
それは次回、ですね!!
楽しみ〜vvvと、管理人一人で喜んでおりますが(笑)。
続きを、お待ちくださいませ。
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