THE SOUND OF MUSIC I
音楽祭は、いよいよ佳境を迎えている。
審査結果の書かれた紙を受け取り、オリヴィエが受賞者の発表をしていった。
三位、二位、と発表され、
「いよいよ、優勝の発表です。優勝は・・・トラップファミリー合唱団!!」
オリヴィエの声とファンファーレと共に、舞台袖にスポットライトが当たった。
しかし、舞台袖からは誰も出てこない。
「トラップファミリー合唱団!!」
再度オリヴィエが呼んだが。
やはり、舞台袖からは誰も出てくる気配がなかった。
審査席のリュミエールが、血相を変えて立ち上がる。
「追いなさい・・・!!大佐には、このわたくしからは決して逃れられないという事を教えて差し上げなければなりませんね・・・」
ジュリアスの一行は、ディアの修道院に逃げ込んでいた。
「ディア様・・・!申し訳ありません、ご迷惑をおかけして・・・」
今にも泣き出しそうなアンジェリークを、ディアは優しく抱きしめた。
「アンジェリーク・・・。私の可愛い子。あなたが謝る必要などありません。さあ、早く中にお入りなさい」
そしてディアサラサラという衣擦れの音と共に、足早に一家を先導した。
「ディア殿、修道院にご迷惑をおかけする事をお詫びする」
ジュリアスの言葉に、ディアは軽く彼を振り向いて微笑んだ。
「いいえ。アンジェリークは私の娘も同然。幸せになって欲しいと思っています。大佐・・・あの子をよろしくお願いします」
「あなたの想い、しかと受け取りました」
ディアが一同を連れてきたのは、修道院内の墓地だった。
「さあ、ここに隠れて。この先にから、修道院の外に出られます。車の準備がしてありますから、それに乗ってお逃げなさい」
「・・・ディア様・・・!」
「アンジェリーク・・・。あなたとあなたの大切な人達に、神のご加護がある事を・・・」
ディアが優しく、アンジェリークの額にキスをした。
その時、バタバタと慌しい足音が聞こえ、ルヴァが息を切らしながら現れた。
「ディア・・・!」
「どうしたのです、ルヴァ?」
「大変ですよ。リュミエールが部下を連れて押し入って来ました・・・!」
「わたくしが出ましょう」
毅然とした態度で、ディアがアンジェリークに背を向ける。
その後に、ルヴァも続いた。
「ディア様、ルヴァ様・・・!」
「アンジェリーク・・・。どうか、幸せに。クラヴィスからも伝言がありるんですよ。あなたの幸せを祈っている、とね」
振り向いたルヴァがニッコリとアンジェリークに微笑みかけた。
「暫くここに隠れて、頃合を見計らって脱出するのです。いいですね?」
一家は緊張した面持ちで、大きな石の影に隠れた。
複数の荒々しい足音が聞こえる。
その足音は、アンジェリーク達が隠れている墓地まで近付いてきた。
メルがアンジェリークに囁きかける。
「メルね、とっても怖いの。お歌を歌えば元気になるかな?」
「ダメよ」
アンジェリークはメルを安心させようとギュッと抱きしめながら微笑んだ。
「歌が効かない時もあるの。今がそうなのよ」
ポンポンとメルの頭を撫でてやると、抱きついてきた。
「あっ!?」
不意に、コレットが小さく悲鳴を上げた。
墓地に乗り込んで来た兵士の中に、アリオスの姿を認めたからだ。
慌てて口を押さえるコレット。
アリオスが手に持った電灯が、一同が隠れている石を照らした。
墓地の中を動き回っていた足音が、徐々に少なくなっていく。
そして、アリオスも電灯の明かりを消して、墓地を出て行こうとした。
ジュリアスが、アンジェリークと子供達を促した。
「今だ。先に車に乗っていなさい」
そしてジュリアスは、コツコツと高い靴音を立てながら、アリオスを呼んだ。
「待ちなさい、アリオス」
アリオスが振り向いた。
「・・・大佐・・・!」
ジュリアスは、アリオスに歩み寄った。
「そなたは、まだ若い。騙されているのだ。今ならまだ間に合う。我々と一緒に来るがいい」
「う、撃つぜ・・・?」
「そなたにこの私が撃てる訳がない。本当は、そなたも分かっているはずだ。あの国のやり方がどんなに無体かという事を。さあ」
ジュリアスがアリオスの手を取ると、彼が手に持った銃から弾丸が飛び出した。
その銃弾は、ジュリアスを掠めて、別の場所に飛んで消えた。
「なんだ、今の銃声は!?」
足音が再度、こちらに向かって集まってくる。
「あ、あ・・・」
ガクガクと震えるアリオスの手を引き、
「一緒に来るのだ!!」
ジュリアスは墓地を飛び出した。
「ジュリアス!」
アリオスを伴って現れたジュリアスに、アンジェリークが驚きの表情を見せた。
「出るぞ・・・!」
車のドアを開けアリオスを押し込み、ジュリアスはエンジンをかけた。
一家の乗った車は、夜のオーストリアの街を駆けた。
「修道院の外に逃げたぞ!」
「追うのです、早く・・・!!」
押し入ってきた時と同じように慌しく、兵士達が修道院を飛び出していく。
「ディア」
車に乗り込んでいく兵士達を窓から眺めつつ、クラヴィスが静かに、ディアに呼びかけた。
「どうしました、クラヴィス?」
「あ〜、私達は罪を犯してしまいました・・・」
どこか言いよどんでいるようなクラヴィスに変わって、ルヴァがそう言った。
「罪?どのような・・・?」
クラヴィスとルヴァは顔を見合わせ、両手をディアに差し出して見せた。
二人の両手一杯に・・・。
兵士達の車の部品の一部が積まれていた。
ディアは答えた。
「これは罪ではありません。神は私達の可愛い子をきっとお守りくださることでしょう、ね?」
三人は顔を見合わせて、クスクスと笑った。
「ここまでくれば、安心だ・・・」
オーストリアの街を出て。
一家は今、アルプスを越えようとしていた。
「良かったわ・・・」
安堵するアンジェリークの肩を、ジュリアスが抱き寄せる。
「・・・そなたには、苦労をかける・・・」
「いいんです。私はね、祖国を心から愛するあなたが好きなんだから・・・」
二人は優しく、少し遅れて山を登ってくる子供達とアリオスとを見つめた。
「アリオス・・・」
コレットが少しぎこちなく、アリオスを呼んだ。
バツが悪そうな表情でコレットに視線を走らせ、
「コレット・・・。済まなかった・・・」
アリオスが軽く、頭を下げた。
「もういいの。あなたが一緒に来てくれて・・・私は、嬉しいわ・・・」
二人の指が絡まり、アリオスがコレットを引っ張るようにして山を登る。
「お母様・・・!」
マルセルが小走りに駆けてきて、アンジェリークのスカートに纏わり付いた。
「ねえ、お歌を歌いたいな・・・!!」
「そうね。歌いましょうか」
澄み切った空気の中、アンジェリークの柔らかな歌声が流れていく。
子供達も嬉しそうに、アンジェリークに唱和した。
瞳を細めてアンジェリークと子供達を眺めながら、ジュリアスはアリオスの肩を軽く叩いた。
「国を愛する自由を。心からの自由と幸せを、我々は手に入れたのだ」
「大佐・・・」
中心で歌っているアンジェリークの金の髪が、太陽の光を受けて眩しくきらめいた。
流れる、美しいメロディー。
美しい歌声が、一家のこれからの幸せを象徴しているように。
そう、ジュリアスには思えた。
〜 END 〜
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ジュリリモでのサウンド・オブ・ミュージック、
これにて完結でございます。
長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございました!!
最後の方は、アリオスを帯同したりと、かなり捏造しました(笑)。
トラップ一家は亡命してからも色々な受難があったようですが、
ジュリアス一家には幸せにあって欲しいと心から願いつつ・・・。
終わりとさせていただきます。
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