片想い
オーベルシュタイン元帥の恋 その6




アントン・フェルナーのオーベルシュタイン元帥観察日記 其の四

 可憐なる天使、フラウ・ロイエンタールは、微笑を絶やさぬまま去っていった。
 我々一同は、皇帝の命により、フラウの見送りに駆り出された。
 ロイエンタール元帥は気の毒なほどにしょげ返っていたが、我が閣下も負けず劣らずガックリときているご様子だった。
「フロイライン。また是非、遊びに来て欲しい」
「喜んでお伺いしますわ、ラインハルト様」
「皇帝っ!!!」
 皇帝がフラウの手の平に恭しくキスをし、ロイエンタール元帥は皇帝に噛み付かんばかりの勢いである。
「もう、オスカーったら!ラインハルト様に対して失礼でしょう!?」
 ペシリと可愛らしく、フラウ・ロイエンタールは元帥の頭を叩いた。
「それじゃ、行ってきますからね。我侭ばかり言って、皆さんにご迷惑をおかけしないのよ?」
 朗らかに笑いながら、ロイエンタール元帥の頬にキスをして。
「それでは、皆さん。ロイエンタールをよろしくお願いします」
 やっぱりにこやかに、彼女は迎えの者と一緒に姿を消した。
 私の耳に。
 前方にいるオーベルシュタイン元帥の、深い深いため息が届いた。
 おいたわしや、元帥。
 オーベルシュタイン元帥の恐らく初めてであっただろう恋は。
 なんとも悲しいことに、元帥の片想いで終わってしまったのだった。



 アンジェリークが自分の宇宙に戻ってから数日が過ぎた頃。
 朝の宮殿の廊下で、オーベルシュタインは、ビッテンフェルトと鉢合わせた。
 ビッテンフェルトは一瞬固まったように見えたが。
 廊下に勢い良く靴音を響かせながら、オーベルシュタインに歩み寄ってきた。
「よお、オーベルシュタイン!相変わらず辛気臭い顔をしているが、元気か?」
 バシバシと肩を叩かれ、オーベルシュタインは思わずよろめいた。
「今日も一日頑張ろうぜ!!」
 肩をびしばし叩くのは新手の嫌がらせかと思ったが、どうやらビッテンフェルトに悪意はないらしい。
「・・・そうだな。今日も執務に励んでもらわねば困る」
 オーベルシュタインの唇からこぼれた言葉で、二人の間に普通の会話(?)が成り立った。
「ハッハッハ!言われるまでもない」
 もう一度、オーベルシュタインの肩を思いっきり叩いて、ビッテンフェルトは高笑いをしながら去って行った。
 フラリとよろめきながら、オーベルシュタインは、不思議な気持ちでその広い背中を見送った。
 ビッテンフェルトは、私のことを毛嫌いしていたはずだ・・・。

 ビッテンフェルトの次に、ミュラーとすれ違った。
 誰にでも丁寧な態度を崩さないこの鉄壁提督は、オーベルシュタインに礼儀正しく一礼した。
 その挨拶は。
 礼儀のためだけでなく、優しい心遣いが感じられる一礼だった。
 心の奥底がくすぐったくなるような。
 オーベルシュタインは、思った。
 ・・・何かが、おかしい・・・。

 そう思いながら更に廊下を闊歩していると。
 なんとも間が悪いことに、ロイエンタールと顔を付き合わせた。
 お互いに、身構えてしまう。
 何か、会話を探さなければ・・・・。
 柄にもなくそう考え、オーベルシュタインは重い口を開いた。
「ロイエンタール元帥。奥方はお元気かな?」
 言ってしまってから、ハッと気付く。
 フラウ・ロイエンタールを見送ったのは、つい先日のことだと。
 いささかバツの悪い思いでオーベルシュタインは、ロイエンタールに視線を走らせたが。
 彼の瞳には、いつもの冷ややかな光は宿っていなかった。
 それどころか。
 オスカー・フォン・ロイエンタール元帥は、両手でガシッとオーベルシュタインの肩を掴んだ。
「オーベルシュタイン!!」
「・・・はあ?」
 感極まったようなその声に、オーベルシュタインは思わず、間抜けな返事をしてしまった。
「俺は、お前を誤解していた!」
「??」
 一体、何だというのだ、今日は??
 皆、ちょっとおかしくなっているのではないか?
 そんなオーベルシュタインの思いを他所に、ロイエンタールは、肩を掴んでいる手に思いっきり力を込めたようだった。
 肩が、痛い・・・。
「皇帝やミュラー達がアンジェリークのことをフロイライン呼ばわりするのと違って、思えばお前は最初からアンジェリークを俺の妻として扱ってくれていた・・・。お前は、本当はいい奴だったんだな!!」
 なんという理論なのだろう。
 これが帝国の双璧と謳われるオスカー・フォン・ロイエンタール元帥だと思うと、オーベルシュタインは眩暈がした。
「ロイエンタール元帥・・・」
 名前を呼ぶと、ロイエンタールはサワヤカにオーベルシュタインに笑いかけた。
「そんなワケで、これからも妻を頼むぞ、オーベルシュタイン!!この帝国で、頼りになるのはお前とミッターマイヤー夫妻ぐらいだ」
「・・・・・・」
 ポンポンとご機嫌な様子でオーベルシュタインの肩を叩き、ロイエンタールはクルリと背中を向けた。
 オーベルシュタインはただ、宮殿の廊下に呆然と立ち尽くすことしかできなかった・・・。

 数分後、ハッと我に返ったオーベルシュタインは、苦笑しながら思った。
 まあ、このような会話も、悪いくはない・・・。
 フッとその頬を緩ませて。
 オーベルシュタインは、当初の目的の地である、皇帝の執務室へと足を進めた。



アントン・フェルナーのオーベルシュタイン元帥観察日記 其の五

 フラウ・ロイエンタールが去ってから、元帥の様子は少し変わった。
 迅速かつ正確な仕事振りが戻ってきただけでなく。
 表情が少し、優しくなったように思う。
 時折、笑顔を見せるようにさえなった。
 フラウ・ロイエンタールは、偉大な方だ。
 晩餐会の席では、並み居る提督たちを前に、オーベルシュタイン元帥を弁護する発言をしたらしい。
 なんとも勇気のある、そして心優しい女性ではないか。
 元帥が、恋に落ちられたのも無理はない。
「ああ、フェルナー。オーベルシュタイン元帥は、ご在室かな?」
 やって来たのは、メックリンガー提督だ。
「ただ今、席を外しております。もうじき戻られるかと思いますが・・・」
「では、少し待たせてもらおう。お茶をいただけるかな?」
「ただ今・・・」
 紅茶を淹れてメックリンガー提督に差し上げると、提督は嬉しそうに目を細めた。
「ここの執務室で飲ませてもらう紅茶は、非常に美味だ。それだけでも、ここに来る甲斐があるというものだよ、フェルナー?」
「恐れ入ります」
 そうこうしている内に、元帥が戻ってこられた。
「これは、メックリンガー提督・・・」
「お邪魔しています、オーベルシュタイン元帥。実は、先日話をいただいた件なのですが・・・」
 二人は隣り合わせに座り、和やかなムードで会話が始まった。
 元帥にもお茶を差し上げる。
 周りの人々の、元帥に対する態度も変わった。
 そして、この軍務尚書執務室も、賑やかになった。
 それも、フラウ・ロイエンタールの力だ。
 元帥には、手の届かない女性ではあったけれど。
 何より元帥に、微笑と幸せをもたらしてくれた。
 オーベルシュタイン元帥の穏やかな表情に、私は思う。
 彼女は。
 帝国内で孤立しがちな元帥に降りてきた、天使だったのかもしれない。
 元帥にとっての、永遠の天使。

 最後に、元帥が私にポツリと漏らした言葉を記して、今日の日記を終わりにする。
『私には、見えたのだ。彼女の背中に、白い天使の羽根が・・・』
 そう言った後。
 元帥は小さな少年のようにはにかんだ表情になって、私に念を押した。
『フェルナー。今の一言は、他言無用だぞ・・・』
 他言無用の一言。
 だから、この日記に記しておくことにしよう。



〜 END 〜




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長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
オーベルシュタイン元帥の恋は、片恋で終わってしまいましたが、
しっかりとハッピーエンド(?)で終わらせていただきましたvvv
こんな帝国が私の理想なんだよな〜(笑)。
オーベルシュタイン元帥を、私はどうしても憎めないのです。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
次の銀英伝シリーズは、
『双璧に愛されるリモージュ』
で書きたいと思っております。
同盟より帝国が好きだとバレバレっすね、ふみふみさん(笑)。



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