Christmas




 街の中は、クリスマス一色である。
 もみの木が色あせた街を彩り、ライトアップされた電柱は、華やかに夜の街を照らし出す。
 帝国元帥、オスカー・フォン・ロイエンタールは、そんな賑やかな街の中を一人、家路に向かって歩いていた。
 彼の脳裏に浮かぶのは、遠い宇宙にいる、彼の最愛の妻。
(今頃、何をしているのだろう・・・?)
 逢いたい気持ちが溢れてきて、胸が痛くなってしまうが。
 お互いに大事な仕事を抱えているのだから、と、二人は離れた宇宙を往復する結婚生活を送っているのだった。
 もうすぐ、クリスマス。
(逢いたい、逢いたい)
 そう、歌うように胸の中で呟きながら。ロイエンタールは、我が家に辿り着いた。
 重いドアを開けると、
「オスカー様、お帰りなさいませ」
 執事がにこやかに笑いながら、ロイエンタールの外套を受け取った。
「奥方様がいらっしゃっていますよ」
 その言葉に、耳を疑う間もなく。
「オスカーが帰ってきたの!?」
 軽やかな足音と共に、彼の目の前に現れたのは。
 ロイエンタールの妻である、アンジェリークであった。
「お帰りなさい、オスカー!」
 ロイエンタールの姿を見て、駆け寄ってくるアンジェリークの腕を乱暴に掴んで。
 思い切り、胸の中に抱きしめる。
「アンジェリーク!」
「痛いわ、オスカー。そんなにギュッとしちゃ」
「すっ、済まない」
 慌てて抱きしめている腕の力を抜くと、アンジェリークは、楽しそうに笑った。
「ロザリアに、お休みを貰っちゃったの。『ロイエンタール元帥と、楽しいクリスマスをお過ごしなさいな』って!」
 ロザリア女王を真似るアンジェリークの口調があまりにも良く感じが出ていたので、ロイエンタールも思わず、クスリ、と、笑った。
「という訳で、メイドさん達にも、休暇に入ってもらったわ。ただね、セバスチャンだけが、オスカーに挨拶をしてから休暇に入りたいって言ってくれたので、待っててもらったのよ」
 セバスチャン、と呼ばれたロイエンタール邸の老執事は、館の主であるロイエンタールに、礼儀正しく一礼した。
「それでは、オスカー様。わたくしは、これから休暇に入らせていただきます。奥方様と良いクリスマスをお過ごし下さい」
「ありがとう。おまえも、良いクリスマスを」
「はい。ありがとうございます。それでは」
 セバスチャンはそのままロイエンタール邸から退出し、広い館には、ロイエンタールとアンジェリークだけが残された。
「夕食を用意して待ってたんだけど。お風呂からにする??」
 やっぱりニコニコと微笑みながら語りかけてくるアンジェリークに、ロイエンタールは生真面目な顔で、
「おまえから」
 腕を伸ばして、アンジェリークにキスをしようとしたが。
 アンジェリークは若草色の瞳を可笑しそうにクルクルと動かして。
「やだっ、オスカーったら!そんな台詞どこで覚えたの?」
 ロイエンタールの腕をペシペシ叩いてくれるのだった。
(本気で言ったんだが・・・)
 初デートの時の間抜け男のように、やり場のない腕を持て余しながら。それでもロイエンタールは、気丈に思い直した。
(後でゆっくり、いただくことにしよう・・・)

 バターが焦げる香りが、リビングにまで漂ってくる。
 その香りを肴に、ロイエンタールは、ワインを飲んでいた。
「そのワインね、フラウ・ミッターマイヤー(ミッターマイヤー婦人)からいただいたのよ。ご挨拶に行ったら、ロイエンタール提督にどうぞって。お味はいかが??」
「美味い。フラウ・ミッターマイヤーにくれぐれも宜しく伝えておいてくれ」
「うん。分かったわ」
 キッチンから聞こえるアンジェリークの声が、嬉しくて。夢を見ているのではないかと、ロイエンタールは自分の頬を抓ってみた。
 痛かった。
 が、これは現実だ、と思うと痛いながらも嬉しく、一人ニヤニヤするロイエンタールであった。
「はーい。出来ました〜」
 アンジェリークが運んできたのは、魚のムニエルに、ブロッコリーやグラッセの付け合わせ、スモークチキンのサラダに、ジャガイモのスープであった。
「あんまり豪勢ではないんだけど。ご馳走を食べるのは、クリスマスにしましょう!」
 アンジェリークの微笑みに、ほんわりと胸が暖かくなる。
「それでは、いただきましょうね」
 食べて良いとの許可が出て、一口食べたロイエンタールは、
「・・・美味い・・・」
「ホントに?オスカーは何でも美味しいって言ってくれるから、心配よ。実は美味しくないんじゃないか、なんて時々思っちゃう」
「おまえが作ってくれるものは、本当に何でも美味い」
「もう、オスカーったら!真面目に答えてちょうだい?」
「本当に本当だ」
 そんな他愛のない会話も、二人にとっての貴重な時間である。
 しみじみと幸せを感じるロイエンタールに、
「そうだわ、オスカー。クリスマスの日には、独身の提督方を誘って、パーティを開かない?このお屋敷に二人だと寂しいし。皆様に恋人がいらっしゃるなら話は別だけど、賑やかで楽しいクリスマスになると思うわ!」
 ナイスアイディアだわ!と、瞳を輝かせるアンジェリークに、ロイエンタールは慌てて答えた。
「駄目だっ!アイツらを誘うなんて、絶対に駄目だぞっ!!!」
「どうして??」
 この美しい天使には、全く自覚がなかった。
 ロイエンタールの周りの独身提督達が、フラウ・ロイエンタール(ロイエンタール夫人)となった今でも、自分を狙っている、という事実に。
 現に彼らは、暇さえあればロイエンタールにアンジェリークのご機嫌伺いをするのであった。
『ロイエンタール元帥、フロイライン・リモージュはお元気ですか?』
 と。
『卿らに言っておく。アンジェリークは、今は、フラウ・ロイエンタールなんだからな。よく覚えておくように!』
 そう、ロイエンタールが何度も言っているにも拘らず、彼らは相変わらず、アンジェリークを『フロイライン』呼ばわりするのであった。
 そんな危険人物たちを、クリスマスパーティに誘う、など、とんでもない事であった。例え恋人がいたとしても、彼らは喜んで、フロイライン・リモージュのお誘いを優先するに決まっているのだ。
「どうしてなの、オスカー?」
 駄目駄目宣言をした後、厳しい目つきで黙り込んだロイエンタールに、アンジェリークは重ねて尋ねた。
「っ・・・」
 言葉に詰まる、ロイエンタール。
「クリスマスは、賑やかな方が楽しいわ。そう、思わない?」


 さあ、オスカー・フォン・ロイエンタール元帥の気持ちになって考えてください。
 あなたなら、どうしますか?



@「初めて一緒に過ごすクリスマスなのだから、二人きりで・・・」



A「皆でワイワイと楽しいクリスマスを過ごすのも良いかな・・・」