THE SOUND OF MUSIC D



 ホールにはすでに、大勢の人が集まっていた。
 ザワザワとざわめく人々を掻き分けるようにして、ジュリアスとロザリアは2階へと続く階段が良く見えるポジションを確保した。
 アンジェリークが、子供達に向かって合図をする。
 階段上に並んで立っていた子供達の唇が開き、愛らしい声がホールに流れた。
 一人一人、歌に乗せてお休みの挨拶をしながら、子供達は寝室に引き上げていく。
 マルセルとランディは、礼儀正しくお休みの挨拶をした。
「残って初めてのお酒の味を知りたいわ」
 そう歌ったコレットは、スッとジュリアスの側に駆け寄り、尋ねた。
「良いでしょう?」
 ジュリアスの表情が緩んだが、彼は首を横に振った。
「ダメだ」
 プッとふくれて、コレットが退場する。
 周りの人々がクスクスと小さく笑いを漏らした。
 ゼフェルも大人しく撤退した後、ティムカとレイチェルがゆっくりとしたメロディーで歌いながら、皆に別れを告げた。
「僕等は、嫌がらないで行きます。本当ですよ?」
「だって、とっても楽しかったものv」
 最後に残されたのは、メル。
「お日様も寝ちゃったし、メルも、もう寝なくっちゃ。ふわぁぁぁ」
 階段を登ろうとして疲れてしまったのか、メルはそのまま横になってしまった。
 そっと他の兄弟姉妹が階段を降りてくる。
 コレットが、メルの身体を抱き上げた。
「おやすみなさい」
 ホールに集まった大人達に手を振りながら、子供達は本当に、寝室に引き上げた。
「おやすみ・・・」
 大人達も、手を振りながら子供達を見送る。
 そしてパタリと扉が閉まり、愛らしい姿が、大人達の前から消え。
 子供達の可憐な歌声に静まり返っていたホールが、また急に賑やかになった。
「ジュリアス大佐!素晴らしいお子様達ね!!」
「本当に、天使のような歌声だったよ」
 客人の賞賛の声に、ジュリアスは穏やかな笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
 その時。
「お言葉ですが・・・」
 場の雰囲気を壊すような声がした。
 声の方向にジュリアスが視線を向けると、リュミエールがニッコリと微笑みながら立っていた。
「素晴らしい音楽は、この国だけの独占物ではありませんよ?」
 ジュリアスは、冷ややかにリュミエールを見つめ、返す言葉はないとばかりに、背を向ける。
 その背中を、リュミエールの声が追いかけた。
「この国を併合する国は、貴方を感動させるでしょうね、ジュリアス大佐?音楽はもちろん、他のことでも、ね・・・」
 厳しい眼差しでリュミエールを振り返り、ジュリアスは周りで聞いている物がびくりとするような声音で言った。
「リュミエール。そなたは、先棒担ぎの勲章を貰えるぞ」
「それはそれは、光栄なことです」
 形のいい眉をひそめ、ジュリアスはひどく、不機嫌な表情になった。
「これは失礼。私は嫌味のつもりだったのだがな・・・」
 ジュリアスの威厳に満ちた後姿を見送りながら、リュミエールもまた、不快そうな表情を見せた。
 その顔を、ジュリアスが見ていなかったのは不幸中の幸いだったかも知れない。
 見てしまったら、更にジュリアスは不快な気分になっただろうから。

 一方、アンジェリークは子供達の後を追って、寝室に引き上げようとしていた。
「待ってよ、アンジェリーク!」
 オリヴィエが、アンジェリークを呼び止めた。
「私の隣で、是非食事に同席して欲しいんだ。ね?」
「でも・・・」
 逡巡するアンジェリークを見て、オリヴィエはジュリアスに声をかけた。
「イイだろ、ジュリアス?」
 ジュリアスの視線が、アンジェリークの上に流れた。
「どうぞ一緒に食事を」
「こんな格好では・・・」
 なおもためらうアンジェリークに、ジュリアスは事も無げに告げた。
「着替えをしてくるがいい」
「わたくしが、着替えを手伝って差し上げるわ」
 ロザリアがそう言って、アンジェリークの肩を押した。



 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、アンジェリークの金の髪を優しく照らした。
 その様子を見て、なんて綺麗な子なのだろうと、ロザリアは思った。
 ・・・ジュリアスが心惹かれるのも、無理もない。
「あの・・・。私、初めてで・・・。ドレスもないし」
 アンジェリークが、心底困ったように呟く声が、ロザリアの耳に届いた。
 ハッと我に返り、ロザリアはアンジェリークにブルーのドレスを勧めた。
「この間、あの人がエーデルワイスを歌った時の若草色のドレスはいかが?彼も貴女に見とれていたわ」
「まさか」
 アンジェリークが苦笑する。
「殿方に好意を持たれて、気付かないなんてウソですわね?」
 自分はなんて意地悪な言い方をしているのだろうと、ロザリアは思った。
 でも。
「誰にでも優しい方です」
 早口でアンジェリークが言うのを聞いて、もっといじめたくなった。
「あら。謙遜することはありませんわ。貴女はとても魅力的よ。殿方なら、誰でも惹かれて当然ですわね」
「冗談を・・・」
「わたくしは冗談を好みませんの」
「私、私、何もしてません・・・」
 アンジェリークの言葉をさえぎるようにして、ロザリアは口を開いた。
「何もしなくても。殿方は、自分に恋する女性を魅力的に感じるものですわ」
 木々の緑を映したような、若草色の瞳が大きく見開かれた。
「恋・・・?」
「あの人も、ときめいていますわ。貴女を見つめる視線で分かりますもの」
 自分がこれから言う一言が、アンジェリークをひどく動揺させるであろうことを、ロザリアは知っていた。
 けれどもロザリアは、敢えてその言葉を口に出した。
「・・・貴女も彼のその視線で、頬を染めたのでしょう?」
 アンジェリークの頬が、真っ赤に染まり、彼女は両手で頬を覆った。
 綺麗な瞳が、零れ落ちそう。
 思いながらロザリアは意地悪く続けた。
「でも、そんな気持ちはじきに冷めるものだと思わなくて?」
 ・・・アンジェリークの返事はなかった。
 彼女は、全く別の言葉をロザリアに返した。
「行かなくちゃ。もうここにはいられません」
 そして、焦った様子で自分のカバンに荷物を詰め始めた。
 成功した。
 そう、ロザリアは思った。
 これでこの可愛い女性は、ジュリアスの前からいなくなる。
 じきにジュリアスも、彼女を忘れるだろう。
 けれども。
 どうしてこんなに、後味の悪い気分なのだろう?
「お手伝いしましょうか?」
 自分に嫌気を感じながら、けれどもロザリアがそう言うと、アンジェリークはブルブルと首を横に振った。
 そして、ロザリアに囁きかけた。
「お願いです。あの方には言わないでください・・・」
 わたくしは、勝ったのよ。
 自分にそう言い聞かせ、ロザリアはクッと顎を持ち上げた。
「もちろん、あの人に言うつもりはありませんわ」
 微かに震えるロザリアの指が、部屋のドアノブにかかる。
 ドアを開きながら、ロザリアはアンジェリークを振り返った。
 真剣に荷物をつめる横顔は。
 やはり、綺麗で愛らしかった。
「さようなら、アンジェリーク。良い修道女に」
 最後に止めをさすようにそう言って、ロザリアはアンジェリークの部屋から外に出た。
 外に出た途端に、大きなため息がロザリアの唇から漏れた。

 大広間では、人々がさざめき、踊っている。
 その中にオリヴィエの姿を見つけ、ロザリアは優雅にオリヴィエに歩み寄った。
「シャンパンを」
 ボーイからシャンパンのグラスを2つ受け取り、ロザリアはその一つをオリヴィエに手渡した。
「わたくし、祝杯をあげたい気分なの」
「それにしては、後味悪そうな顔をしてるじゃないか。どうしたんだい?」
「・・・貴方の気のせいですわね、オリヴィエ」
 カチリとオリヴィエのグラスに自分のグラスをぶつけ、ロザリアはシャンパンを喉に流し込んだ。
「ジュリアスお気に入りのアンジェリークから、ジュリアスを説得してもらうように頼むつもりなんだ。あの子供達の歌声を皆に聞かせないなんて勿体ないよ」
「そして、貴方にはお金が入るし、ね?」
 空になったグラスをオリヴィエに押し付け、ロザリアは笑った。
「オリヴィエ。よーく覚えておきなさいな。説得に一番ふさわしい人物は、このわたくしだ、ってことをね」
 ロザリアの姿に気付いたジュリアスが穏やかな表情で近づいてきて、ダンスを求めるようにロザリアに手を差し出した。
 ロザリアは優雅に、その手を取った。
 ダンスの音楽に乗って、二人の身体が軽やかに弧を描いた。



 ホールからの賑やかな音を聞きながら、アンジェリークはトントンと階段を下りる。
 手には、大きなカバン。
 修道院から持ってきたものだ。
 注意深く辺りを見回し、誰もいないことを確認してから。
 アンジェリークは玄関先の花瓶の横にジュリアスへの手紙を置いて、玄関のドアを開けた。
 細い身体が、スルリとドアをすり抜けてゆく。

 そして、アンジェリークの姿が、ジュリアスの館から消えた。



〜 Eに続く 〜



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お待たせしました、第5話です。
今回は、なんだかロザリアヴィジョンになってしまいました。
私は男爵夫人はそんなに悪い人じゃないと思ってますので、
このような解釈にさせていただきましたが、いかがでしたでしょう。
次の話は、子供達のプチ反抗期(笑)。
なるべく早く更新できると良いなぁ。





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