THE SOUND OF MUSIC E




 子供達とロザリアは、ボール遊びをしていた。
 けれども皆、一様に浮かない顔をしている。
「もう、やめようぜ!」
 唐突にゼフェルがそう言うと、ロザリアは露骨にホッとしたような表情をした。
「そうね。そう致しましょう」
 テラスに設置してある椅子に凭れ、ロザリアは大きく息を吐いた。
「苦戦してるみたいだねぇ」
 人が悪く笑うオリヴィエに、
「放っておいてちょうだいな」
 ロザリアは不機嫌そうに、準備してあったレモネードに口をつけた。
 子供達は、連れ立って部屋に戻ろうとする。
 それを、オリヴィエは押しとどめた。
「ちょーっと待って。アンタ達の歌を私に聞かせてくれないかな?」
「歌いたくないの・・・」
 今にも泣き出しそうに、メルが答えた。
「そんなコト言わないで。ね?」
 オリヴィエは半ば無理矢理に、コレットにギターを持たせた。
「歌ってくれるよね?」
 半ば諦め半分といった体で、コレットがギターを弾き始めた。
 そのメロディーに合わせて、美しい歌声が流れる。
 しかし、その歌声は。
 ひどく綺麗ではあったが、生命の輝きが全く感じられなかった。
 あの歌声は一体どこに行ってしまったのか。
 そう思い、オリヴィエは残念そうに肩を落とした。

「ああ。皆、ここにいたのか?」
 歌声に誘われたのか、ジュリアスが姿を現す。
「お父様!」
 レイチェルが、ジュリアスに問いかけた。
「先生は、どうしていなくなってしまったの?」
 微かに眉を顰めて、けれどもすぐに、ジュリアスは笑みを浮かべて答えた。
「修道院が恋しくなった。手紙には、そう書いてあったではないか?」
「でも!」
 コレットが何か言いたげに口を開いたが、言葉は続かなかった。
 ティムカが静かに、後を引き取った。
「けれども、僕達に何も言わずに行ってしまうなんて・・・。父上はおかしいとは思わないのですか?」
 ジュリアスは返事をせずに、静かに頭を揺らした。
 長い金の髪が、揺れた。
「新しい家庭教師が来るのかな?」
 マルセルがポツリと呟いた言葉は、子供達が皆、心の中で思っていることだった。
 ロザリアの側近くに場所を移し、ジュリアスは、その質問には答えを返した。
「家庭教師は、もう必要ない」
「どうして?」
 ランディの問いかけに。
 ジュリアスはロザリアの肩に手を置き、子供達に告げた。
「そなた達には、新しい母親ができる・・・」
「みんな、よろしくお願いしますわね」
 子供達は、まるで凍りついたように動きを止めた。
 ジュリアスが、軽く咳払いをすると。
 長女としての務めを思い出したコレットがロザリアに歩み寄り、その頬にキスをした。
 他の子たちもそれに習い、次々にロザリアにキスをしたが、それはおざなりなキスだった。
 ゼフェルはどうしてもキスをすることが出来ず、
「もう良い。行きなさい」
 ジュリアスに、苦々しい顔をさせた。
 今度こそ本当に部屋に引き上げていく子供達の後姿を見送りながら、ジュリアスは深く溜め息をついた。



「んもう!お父様ったら許せないっ!!」
 レイチェルは、憤慨していた。
「先生が突然いなくなるなんて、不自然じゃないの!絶対、何かあったんだわ!」
「どうでも良いけど、僕、先生に会いたいよ・・・」
 マルセルが言うと、ランディがポンと手を叩いた。
「会いに行けばいいじゃないか!俺たちでさ」
「てめーもタマにはイイこと言うじゃねーか!!」
「メルも先生に会いた〜い」
 盛り上がる面々を他所に、ティムカが心配そうにコレットを見上げた。
「姉上、良いのでしょうか?」
「良いんじゃない?あなたも先生に会いたいでしょ、ティムカ?」
「・・・それは、もちろん。姉上は?」
「私だって、会いたいわ。ロザリア夫人じゃなくて、先生がお母様になってくれたらいいのに。って思うし・・・」
 コレットは一同を見回した。
「それじゃ、先生に会いに行きましょう。みんな、準備をしてらっしゃい」



 ジュリアスの子供達がアンジェリークに面会を求めているという報告を受け、ルヴァは読んでいた本から目を離した。
「おやおや〜。困りましたねぇ」
 修道院に戻って来てからというもの。
 アンジェリークはその理由も何も話さず、ただひたすらに、神に祈りを捧げる生活を送っていた。
 明るい太陽のような笑顔は失われ、ひどく思いつめたような表情で。
 あまりの変わりように、流石のクラヴィスでさえ、心配するほどだった。
「アンジェリークは会えないと。そう、伝えてもらえましたか?」
「はい。ですが、どうしても、と・・・」
「分かりました。それでは私が、皆さんとお話しましょうかね・・・」

 修道院の門前で待つ子供達に、ルヴァは優しく声をかけた。
「皆さん、よくいらっしゃいました。ですが、アンジェリークは誰とも面会したくないと言っているんですよ。残念なことですが・・・」
「メルね、指をケガしたの・・・」
 ルヴァの表情が和んだ。
 その手を取って、けれどもルヴァは、言い聞かせるようにして告げた。
「誰にも会いたくない、と。それがアンジェリークの希望なんです。申し訳ありませんが、お引き取り願えますか?」
「どうしても会えないの?」
 レイチェルが尋ね、
「先生に会いたいよ・・・」
 マルセルが俯いた。
「ええ。本当に申し訳ないですが・・・」
「・・・分かりました。ありがとうございました」
 コレットが、キュッと唇を噛み締めた。
「コレット・・・!」
 ランディが何かを言いかけるのを、コレットは手で制した。
「仕方ないでしょう?先生が会いたくないと言ってるんだから、これ以上お願いしても迷惑なだけよ」
 ティムカが小さくため息をついた。
「ありがとうございました、シスター」
「皆さんに、神のご加護を・・・」
 シクシクと泣き出したメルを、ゼフェルが抱き上げた。
「泣くなって。オレだって泣きてえ気分だぜ・・・」
 ペコリと一礼して、子供達は去っていく。
 ルヴァはその様子を見送り、ディアの部屋へと報告に向かった。



 それから暫くして。
 ディアの部屋には、アンジェリークが呼ばれていた。
「お呼びですか、ディア様?」
「アンジェリーク」
 優しく名前を呼び、ディアは続けた。
「今日、ジュリアス大佐のお子様方が会いに来たのを、断ったそうね」
 アンジェリークの肩が、ピクリと震えた。
「はい・・・」
「どうしてですか?」
「・・・分かりません。でも、会えません」
 ディアの唇から、吐息が漏れた。
「アンジェリーク」
 やはり優しく、ディアはその名を呼ぶ。
「あなたはとても優しい子です。私は、それを良く知っています。あなたのその優しさを、一体誰が一番必要としているのか。よく考えてみて。神は、いつでもあなたと共にあります。例えあなたが、この修道院を出たとしても」
「ディア様。私、私・・・」
「よく考えるのです。あなたがジュリアス大佐の子供達をどう思っているのか。そして、ジュリアス大佐自身をどう思っているのか」
「ディア様・・・」
「ジュリアス大佐のことが、好きですか?嫌いですか?」
「・・・分かりません」
「アンジェリーク。ちゃんと答えて」
「・・・・・・・・」
 ディアは、待った。
 アンジェリークの答えを。
 長い沈黙の後、アンジェリークは顔を上げ、口を開いた。
「・・・・・・好きです。あの方を見ていると、ドキドキします」
 思わず、ディアは微笑んだ。
「道はきっと、どこかに通じます。それがあなたの持論でしたね、アンジェリーク?」
 そう言った後。
 ディアの白い手がそっと、アンジェリークの髪を撫でた。
「行っていらっしゃい、私の可愛い子。神のご加護を祈ります・・・」
「ディア様、でも・・・」
「あなたを待っていますよ。可愛い子供達と、そして、ジュリアス大佐が」
「・・・はい・・・」
「さあ、お行きなさい」
 暖かな手が優しく、アンジェリークの背中を押した。
 アンジェリークがディアを振り仰ぐと、彼女はアンジェリークに向かって穏やかに微笑みかけた。
「さあ、ぐずぐずしないで・・・」

 自分の気持ちに気付いて。
 その気持ちが大切で。
 だから。

 あのお屋敷に戻ろう。

 そう思ったアンジェリークの頬に、久し振りに明るい笑顔が浮かんだ。



〜 Fに続く 〜



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またまた続きをお待たせしてしまいました(汗)。
そして、なかなか話が進みません・・・。
今回は、リモちゃんあまり出てこなくて、その点も申し訳なく。
次回はロザリアが身を引き、とうとう、ジュリリモのウェディングvvv
なので、期待しないでお待ちください。
少し更新ペースが上がれば良いのですが・・・。





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