THE SOUND OF MUSIC F




「そなた達は一体、何処に行っていたのだ?」
 屋敷に戻った子供達を待っていたのは、ジュリアスの詰問だった。
「食事の時間に席を外すのは感心しないな、マルセル?」
「お兄ちゃんが言ったでしょう?イチゴを摘みに行ってたんだ」
「コレット?」
 少し悪戯っぽく笑いながら、
「お父様、私達の行った先に心当たりでも?」
 コレットは逆に、ジュリアスに尋ねた。
「別に・・・」
「それならどうして、私達が嘘をついていると思うの?」
 軽く首を振ってから、ジュリアスは意地悪く笑った。
「分かった。そなた達の胃袋には、イチゴが山ほど詰まっているのだな?」
 子供達は一様に、コクコクと頷いた。
「ならばチャーリーに言って置こう。子供達の夕食は不要だと」
 そう言って、ジュリアスは子供達にクルリと背を向け、屋敷の中に姿を消した。
 ゼフェルがいまいましげに舌打ちした。
「なんでホントのコト言わねぇんだよ!?あー、腹減った!!」
「・・・何だか悲しくなってきちゃった」
 泣き出しそうな顔で、メルがポツリと呟くと。
「悲しい時にはお気に入りを思い浮かべるのが良い、って先生が言っていましたよね?」
 ティムカが言い、
「試してみようよ」
 レイチェルがそれを受け、二人は自分のお気に入りを口に出し始めた。
「まだ悲しい気持ち・・・」
 そう言うメルに、コレットが手を差し延べた。
「いらっしゃい」
 メルは大人しく、コレットに擦り寄り、スカートをキュッと掴んだ。
 子供達は、お気に入りを数え上げていく。
 その声に。
「キレイな薔薇の花。澄み切った青い空・・・そして、あなた達!」
 子供達の大好きな声が重なった。
「先生!」
「先生だわ!」
 歓声を上げながら、子供達がアンジェリークに駆け寄った。
「元気だった?会いたかったわ。お話したいコトがたくさんあるの」
「僕達もだよ!」
 マルセルが言うと、ティムカが後を引き継いだ。
「まずは、父上の結婚について」
 アンジェリークの笑顔が凍りついた。
「結婚?」
 信じたくない。
 そう思いながら、アンジェリークがその言葉を繰り返すと。
「そうよ」
 子供達は一様に、浮かない顔で頷いた。
 その時。
 子供達の騒々しい声に、何事かと庭に出てきたジュリアスの姿を認めて、ランディが叫んだ。
「父さん!先生が戻ってきましたよ!!」
 ジュリアスの表情が和み、彼は子供達に向かって、家の中を指差して見せた。
「食事を取りなさい」
 子供達は喜びながら、次々と家の中に入って行き、その場にはアンジェリークとジュリアスだけが取り残された。
「戻りました」
 アンジェリークが短くそう言うと、ジュリアスの頬に微かに笑みが浮かんだ。
「ようこそ」
 そして、ジュリアスはアンジェリークに問いかけた。
「別れも告げず、突然消えた。何故?」
「・・・原因は、もう消えました」
 固い表情でアンジェリークは答えた。
「あら、アンジェリーク。戻ったの?」
 ジュリアスの背後からスルリとロザリアが姿を現し。
 並んで立っている二人に、アンジェリークは微笑みかけたが、その笑顔は少し不自然な笑顔だった。
「お二人に、お祝いを申し上げます」
「ありがとう」
 ロザリアは悠然と微笑み、アンジェリークは二人の横を小走りに駆けて、家の中に入ろうとした。
 これ以上、幸せな二人を見ていたくなくて。
 涙が出そうになったから。
「ここにはずっと?」
 背中をジュリアスの声が追ってくる。
 振り返り、
「代わりの方が、見つかるまで・・・」
 それだけ答えて、アンジェリークはパタパタと家の中に姿を消した。



 その夜。
 アンジェリークはジュリアスが特に彼女に似合うと思っている若草色のドレスを着て、庭に出ていた。
 ジュリアスは二階のテラスからじっと、その姿を眺めていた。
 美しい女性だと、素直に思いながら。
 そこに、ロザリアが姿を現した。
「ここの料理に不満がありますの。美味しすぎて、太ってしまいそう」
 ジュリアスの視線の先にアンジェリークの姿を認め、けれども素知らぬ風に、ロザリアはジュリアスの横に並んだ。
「悩んでいますの。結婚の贈り物を何にしようか。万年筆は持っているし、別荘は包装が難しいし」
 ジュリアスは無言でロザリアを見つめた。
 ロザリアに言わなければならないことがあると強く思ったが、その視線を反らすようにしてロザリアは続けた。
「新婚旅行も迷うわね。世界一周と思うのだけれど、何処から回るかが問題よ。それに・・・」
「ロザリア」
 尚も続けようとするロザリアを、ジュリアスが遮った。
「もう、無理をするのはやめよう・・・お互いに。私は自分の心を偽ってきた。そなたには悪いと思う」
 自分でも、ひどいことを言っていると思った。
 一瞬、表情を強張らせた後。
 ジュリアスの視線を受け止め、ロザリアは口を開いた。
「心の中で思っていましたわ。貴方の事を好きだけれど、わたくしには合わないって。貴方は誇り高く、男らしい人。わたくしに必要なのは、わたくしに溺れてくれる人」
 ロザリアは、ジュリアスから視線を外した。
「ウィーンに帰ります。やっぱり、あちらの水が性に合うわ」
 そして、アンジェリークにチラリと視線をやってから、ジュリアスに言った。
「あの子は多分もう、戻らないと思うわ」
「それはどういう意味だ?」
 思わずそう問い詰めると。
 ロザリアは微笑み、続けた。
「修道院には・・・」
 ジュリアス向かって手を伸ばし、ロザリアはその頬に触れてキスをした。
「楽しかったわ・・・。さようなら。旅の支度をしなくてはならないので、これで失礼しますわ」
 そして、背筋をキチンと伸ばしたまま、ジュリアスの前から姿を消した。
 その潔い態度に、敬意を抱きながら。
 ジュリアスは白い背中を見送った後、テラスから庭へと、足を運んだ。



 アンジェリークはベンチに腰を下ろし、物思いに耽っていた。
 ジュリアス大佐とロザリア夫人が結婚する。
 自分はなんて思いあがっていたのだろうと、アンジェリークは顔から火が出そうな気持ちになった。
 ・・・好きだと思ってもらえている、なんて・・・。
 はあ、と、アンジェリークは大きくため息をつき、柔らかな金の髪が微かに揺れた。
 太陽の光を溶かし込んだようなその髪は、月明かりに照らされ、いつもよりプラチナ色を帯びて見えた。
「アンジェリーク」
 突然に名前を呼ばれ、アンジェリークは飛び上がりそうに驚いた。
 呼ばれるがままに、声の方向に視線を向けると・・・ジュリアスが、立っていた。
 月明かりの下で、なんて美しく金の髪が映えるのだろうと、アンジェリークは一瞬、うっとりとジュリアスを見つめて。
 それから、ハッと身構えた。
 ボロを出してはいけない。自分の想いを知られてはいけない。
 そう、自分に言い聞かせながら。
「ここだと思ったので・・・」
 どこか、心ここにあらず、といった風に、ジュリアスは言う。
「何かご用ですか?」
 尋ねると、
「座りなさい」
 そう、言われた。
 アンジェリークが大人しくベンチに座ると、ジュリアスもアンジェリークの隣に腰掛けた。
 胸がドキドキして・・・苦しいくらいに・・・。
 ジュリアスの顔を見ていられず、アンジェリークは俯き、自分の足元をじっと見つめた。





〜 Gに続く 〜



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すっごく久々の更新です。お待たせして申し訳ありません(平伏)。
いよいよ次回はジュリリモラブラブシーン&結婚式!!
次回更新日はジュリ様バースデー予定です。
とうとうリモちゃんを幸せに出来る!!
そして、8月中にこの話を完結させたい所存です。
音楽祭で大佐がエーデルワイスを歌うシーンが好き過ぎるので、
そのシーンも力入れて書きたいです!!





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